私がなぜ「かめのこたわし」なのか
2001年から十年間、毎朝、大きなかめのこたわしで、亀井をさすっていました
資料として、亀井水を撮影するとき、カメラマンはみんな、明治末にとりつけた亀の噴水を主役に、アングルを決めます。下の水盤が亀だとは、ほとんど意識しません。
この亀井水は、どのような、歴史的変遷をへたものか。まいにち、直接さわっていたら、知りたくなります。
でも、学者たちも、暗いなか、下の水盤が亀だと気がつかないでいた。
誰も調査しないなら、自分で調べるしかない。私の調査結果は、このnoteにも報告させていただきました。
聖徳太子の遺産、593年四天王寺創建の史跡にまちがいない。
亀井水の亀形水盤を、かめのこたわし、でさすりながら、わたしはたわしと一体化して、歴史的時間に遊ぶ。
だから、わたしはかめのこたわし、なのです。
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