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ティヤーティヤーティヤー。(超短編小説#2)

フラれた。

突然だった。一昨日からLINEの返事がなくて、今日のお昼にやっと来たと思ってから、すでに今10時間が経っていた。

たったの10時間、時計の秒針が数字の1から12の間を600周しただけなのに、世界がガラリと変わってしまった。

秒針が600周もすれば世界は変わるかもしれない。
いや、きっと世界は変わっていない。変わったのは自分の世界だけだ。

智は揺られる東急東横線の中で、見慣れた車内を異国のローカル線のように感じていた。

『なにがいけなかったのだろう。』

有里と分かれた渋谷を出た瞬間から、智はずっとそれを考えている。
けれど異国のなかで答えは見つからず、金曜日なのに周りはとても静かだった。

5日前の祝日にデートしたときには、いつものように楽しく過ごしていた。帰り際に『大好きだよ。』と言って、有里はいつもと変わりなく手を振り山手線に乗り換えて行った。

けれど今日は『前から言おうと思っていたんだ。ホントにごめんね。』と有里は謝るばかりであった。

『これから先のことを考えたときに、智くんと一緒にいていいのかなって思うようになったんだ。』と、別れの理由はなんとも屋台の綿菓子のようにふわふわと、そして裏腹にのどに引っかかるようなものであった。

そして有里は泣いていた。

残業前に一服するサラリーマンや、駅へ向かうOLが通るビルのエントランス前で、たくさん泣いた。

彼女の想いどおりになるのに、彼女は泣いていた。
彼女のしたいようにしているのに、彼女は泣いていた。
彼女の望んだ世界が待っているのに、彼女は泣いていた。

そして智は泣けなかった。
悔しくて悲しくて、頭が真っ白になって、ツラくて仕方ないのに、涙は出なかった。

『まもなく横浜。横浜です。』

異国を走る列車が、馴染みのある大好きな街へと吸い込まれていく。



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