まるで夢
私がそれに出会った日を、鮮明に覚えている。あの胸の高鳴りを、私はきっと、一生忘れることはない。
「それ」は、一冊の本だった。暇潰しに、と買った、100ページにも満たない、タイトルだけで選んだ本。
それが、何より私を感動させた。
1文字、1文字、選び抜かれただろうその言葉は、すぅ、と私を美しい世界へ引き込んだ。私は息をすることすら忘れてその本を読んだ。
心が震えた。読み終わったあとも、しばらく、本を開いて、最後の言葉を見つめていた。
それから、本の著者について調べた。まだ若い、外国の女性が著者だった。この本は彼女の書いた最初の本だった。私は彼女の本を買い漁った。全部、綺麗で、優しい本だった。内容が優しいわけではなくて、その登場人物同士の愛が感じられるような、そういう優しさだ。
彼女に、台本を書いてもらえたら……。
ある劇団の演出家である私の心に浮かんだ考えは、やがて強い欲望へと変わっていった。
彼女に、台本を書いてもらおう。
素晴らしい劇になるに違いない。だって、こんなにも美しい言葉を使う人の書いた台本を、私が演出するのだから。
さっそく手紙を出した。彼女は、最初はあまり乗り気ではなかったけど何度も手紙を送るうちに、渋々了承してくれた。嬉しかった。
こちらに来て、雰囲気や風土を参考にして台本を書いてくれるらしい。彼女が来てくれるなら歓迎の準備をしなくては!ああ、ああ、忙しくなる!
どんな台本になるだろう。きっと、他の本と同じように、朗々と愛を謳う作品だ。
この劇は、きっと、私の生涯で1番の作品となるに違いない。ああ、なんて楽しみ!
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