彼女の旋律

 校庭から吹奏楽部の演奏が聴こえてきた。その音を頭から締め出すために僕は目の前の小説に没頭しようとした。

 しかし一旦、図書室の外の気配に気を取られると、他の音もどんどん耳に入ってくる。無駄にでかい笑い声、「いらっしゃいませー!」という嫌にキラキラした呼びかけ、廊下をバタバタと踏み鳴らしていく音。どれを取っても楽しげで、僕にとってはどれも過剰だった。

 文化祭なんて何が面白いのか。どうせ盛り上がっているのは、青春は謳歌しなければいけないという義務を遂行しようと躍起になっている一部の人間だけなのだ。

 ふと、聴こえてくる演奏の中には優佳さんの奏でる音も入っているのではないかと気づいた。彼女の担当はチェロだったと思う。耳を澄ましてみたものの、どの音がチェロなのか見当もつかない。だからなんとなく演奏の全体を聴いていた。誰が主張するでもなく調和の取れた旋律は、この騒々しい文化祭には不釣り合いに思えた。僕は小説の内容もそこそこに、外から聞こえる旋律に耳を傾けた。

 やがて吹奏楽部の演奏が終わり、その後は小説を読むのに没頭していたらいつの間にか文化祭の終わる時間となっていた。このあと体育館で閉会式があり、後夜祭になる。閉会式ではクラスごとに出席を取るだろう。悪目立ちしないように閉会式には参加しようと思い、僕は図書室を出た。

 体育館へ向かう途中、数人の友人と笑いながら歩く優佳さんとすれ違った。彼女の頭には、どこかのクラスでもらったのだろう、つけ耳がついている。友人たちと楽しそうに歩く彼女はキラキラと輝いて見えた。

 彼女がとても遠い存在のように思えて、ぼくは足早に体育館へと向かった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?