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休職中の話6 お前は天才じゃない


直属の上司から、仕事中に何度か言われたことがある。

お前は天才じゃない、と。

この言葉の意味を、休職期間中によく考えていた。

仕事をしている間は、その意味を文字通りにしか受け取れず、委縮して、向き合う余裕もなくて、曖昧に返事をして、忘れていた。

前もって断っておくが、上司の発言は、決してパワハラと言われるような罵詈雑言ではなかった。

仕事中によく空回っていた私を見かねて、落ち着けと言わんばかりにかけてくれていた言葉だ。

その意味を理解するのが遅すぎたという、いわば一抹の後悔が、ずっと胸に残っている。

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上司のことは、尊敬している。休職前も、休職後も、転職した今も。
ひよっこの私と比べることすらおこがましいが、何をするにも考え込んで足の遅い私とは対照的な、いわゆる営業のプロで。
大きなMVPも獲っていたし、営業職の多い社内でもひときわ目立った、営業と戦略、企画の達人だった。

彼を鬼軍曹と呼んでいる役員もいた。それに関しては否定しないが、上司は厳しいながらも新卒の私をきちんと教育してくれ、マンツーマンでよく話をしてくれた。

引き出しの多さゆえに話が長くなりがちな人だったので、社内ではたまに「また捕まってたのか、ご愁傷様」という声もちらほらかけられたが、私自身は上司の話を聞くのがけっこう好きだった。

会議室で戦略会議をしていたはずが、最終的には上司の好きな漫画の表現力のすごさを聞いて2時間弱経っていたこともあったし、そのあとに自分の仕事を終わらせていたら日付が変わっていたこともよくあった。

それでも、上司の考え方とスキルを間近で教えてもらえる時間は貴重だった。

何社も経験し、ときには自分で会社を経営し、一文無しになったこともあったと聞いた。

そんな上司が言う、「お前は天才じゃない」は、不思議なくらいに、響いた。

初めて言われたときは、さすがにちょっとショックだった。

自分のことを天才だとはもちろん思っていなかったけれど、社内社外問わず、同年代の1年目の中では優秀な部類に入っていると自負していたし、実際そういう評価をもらっていた。
それでもやれないことばかりで、キャパシティを爆発させながらこなしていた毎日。

そんな中で、「お前は天才じゃない」とさらっと言われたその時、心臓に釘でも刺さったのかと思うくらい、さあっと体が冷たくなったし、頭の奥がかっと熱くなった。

そして、怖くなった。
調子に乗ってんじゃねえぞ、と暗に言われたのかと思った。

そのとき、なんと返したのか。正直よく覚えていない。
ただ、どくどくと心臓が早鐘を打っていた。

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その後も何度か、上司は私に「お前は天才じゃない」と言った。

時がたつにつれ、私もその意味を少しずつ理解しかけていたような気がする。

なぜなら、言われる場面はいつも、私が焦っているときだったから。

出した企画が通らなかったり、ミスをしたり、コミュニケーションがうまくいっていなかったり。

結果を出したくて、自分のことで頭がいっぱいになって、色んなことをすっ飛ばしてひとりで空回っていた私を見て、上司は「お前は天才じゃない」とたびたび言ったのだった。

そのときにきちんと自分とその言葉に向き合い、考え抜いておけばよかったと、後悔している。

結局、「天才じゃない」ことを受け止めきれなかった私は、そのまま空回り続けてつぶれてしまい、休職した。

そして休職中にやっとわかったのだった。「お前は天才じゃない」という言葉の意味を。

私は、そのままでよかったのだ。
できないことも、うまくいかないことも、あって当然だったのだ。

何もかもうまくできる天才ではない。
私も。きっと上司も。

できないことがあるのが当然で、できないからって責められるわけでも、居場所を失うわけでもない。
そんな当たり前のことを、私はうまく飲み込み切れずに、できないことを異常に恐れていた。

私から見れば万能に見える上司も、これまでたくさんのことを積み上げ、崩され、地獄を見て、またひとつひとつ積み上げてきたのだろう。

「俺は今こうしてお前を教育してるけど、俺の教育は誰がしてくれるんだろう」と、残業続きの喫煙所で、上司が呟いたことを忘れられない。

常に高みを目指したいと言わんばかりに、チームの状況にも、自分自身にも、ずっと納得していなかった上司。彼もまた、天才ではないのだろう。

天才ではない代わりに、今の自分にできることをひとつひとつ積み重ねて、数え切れない失敗をして、崩されたものから学びを得て。そうやって、周囲とは一線を画する、無二の能力を身に着けたのだと思う。

そんな上司がくれた「お前は天才じゃない」という言葉。
そのあとには、「だから落ち着いて、今自分にできることと向き合え」と、続いていたのではないかと、思っている。

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新しい仕事を始めて1カ月経った今。
やりたかったことを仕事にできているという幸せの反面、全力を出しても全然届かない悔しさと、毎日戦っている。

自分がこんなにも力不足だったなんて、と、ひとりで泣く日もある。

そんなときに不思議と浮かぶのは、「お前は天才じゃない」という言葉。

そうだ、私は天才じゃなかった。
できなくて当たり前だった。

背伸びをせず、嘘をつかず。
今の自分にできることは何か。

できないことは、周りに頼って、教えてもらって、失敗して、学んでいこう。

できないことを責めるような人たちと、仕事をしているわけではないから。

落ち着いていこう。


休職し、転職を経て、はや3か月。
このご時世、上司とはまだお会いできていないけれど、落ち着いてまた話すことができたら。

「天才」ではなくなった私に、上司はなんと言うだろうか。


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