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休職中の話4 編集という仕事


私はこの4月から、いわゆるWEB編集者として、また東京で働き始める。フリーランスではなく、会社員だ。

学生のころからライター活動をしていたけれど、不思議なことにライターではなく、編集者にずっとなりたかった。

ライターという表立って情報発信の責任を負う人たちを、同じ責任を分かち合う裏方として支えたい。語り手と書き手、書き手と読み手の間をうまく繋いで、届くべき情報が届くべき人たちへ届くように。


……というのは、紛れもない本心でもあり、同時に、薄い建前でもある。

編集者になりたいという思いは、ライターへの憧れの裏返しでもあった。

私は、ライターにはなれないと思った。

どこまでいっても私は「普通」だ。
尖った主張も、濃いキャラクターも、特化した得意分野もない。
もちろんライターと一口に言っても様々なタイプがあるけれど、少なくとも私の中でのライター像は、そんなところだ。

ライターに限らず、世界の歴史を辿ってみれば、情報を発信し世の中を変えていくのは、(語弊を恐れずに言えば、)そういう「ちょっと変な人」だ。

その「ちょっと変な人」に、憧れていた。それは心のどこかで、なれないとわかっていたから。

わかっていたからこそ、「ちょっと変な人」たちへの敬愛と、精一杯の理解と、ひとさじのコンプレックスを抱えて、私は編集者を目指す。


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ただ、正直に言うとこれまで、編集者になりたいと言ってはいたものの、その道に真っ向から向き合うことを、心のどこかで避けていた。

本気でやりたいことに、本気で向き合うのが怖かった。
自分の生き方にも似た職種を選び取るタイミングがわからなかった。

もしなれなかったら? 才能がなかったら? 挫折してしまったら?

本気でやりたいことに本気で憧れて、本気でそれしかないと思っていたぶん、現実を見る勇気が出なかった。

そういう「逃げ」の姿勢が、新卒で編プロではなく広告代理店に入る選択をさせたのかもしれないし、それは休職期間中も私を苦しめた。

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休職して1カ月半ほど経ったころに、いわゆる転職活動を始めた。

といっても、エージェントを使ったり、説明会に行ったり、みたいなことはしていない。そんな元気はなかったし、ご時世的にも大掛かりな説明会は自粛されはじめていた。

とにかく編集のお仕事をしたくて、アルバイトでも見習いでもいいから、文章やコンテンツに向き合える場所を探した。

東京のコンテンツ制作会社や編集プロダクションを探して、人手を探していそうなところへTwitterでDMを送ったり、応募フォームに入力したりした。

スマホ1つで終わる「転職活動」だったけれど、文面1つ書くのに1時間かかった。
送信ボタンを押すのにまた1時間悩んで、震える指でえいやっと送信して、あとは逃げるようにスマホの電源を切って寝た。

転職活動の結果は、わりと散々だった。

面接に行って不採用になったところもあれば、枠が埋まっていてだめだったところもあった。

結果が芳しくなかったのは、私の迷いが伝わってしまったからだろう。

私はまだこの時、転職活動と言いながらも、身の振り方を決めあぐねていた。

ほとんど実績のない私を正式に編集者として雇ってくれるところなど無いのではないか?
アルバイトでもいいから編集がしたい、だけどそんなことで生活していけるのか?
そもそも、本当に私は編集者に向いているのか?

広告営業で挫折し、完全に自信を失っていた私には、新たに編集者として堂々とキャリアを変えるという意思決定も、そんな自分を想像することも、到底できなかった。

そんな状態の私が、編集者になることを決めたきっかけは、私が4月から働くことになった会社の代表との面接だった。

詳細はもはやおぼろげで、ただ代表の言葉だけが頭にすとんと落ちて残っている。

代表は、休職している私を責めるでも深入りするでもなく、迷いも悩みも感じ取ったうえで、その姿を「編集者らしい」と言ってくれた。
コンプレックスや弱みを意識できている人ほど強いし、遠回りしたと思っているかもしれないけれど、そうではないと、言ってくれた。

はったりかましていけ、と。

実績なんて気にするな、ひとの文章に一度でも手を入れたことがあるならそれは編集者だ。
ちょっとはったりかますくらいでいいんだから、なっちゃえばいいよ、と。

私にはそれが、もう心臓がつぶれるくらいに嬉しくて。
ああ、編集者になっていいんだ、と、膝から崩れ落ちそうなくらい安堵したのを覚えている。

自信のないままでも前に進める魔法を教えてもらったような気がした。

はったりでいいんだ。
自信があるという自己暗示をかけずとも、はったりなら、私にもできるかもしれない。
ほんとは自信なんてなくて死ぬほど不安でも、それでいい、だってはったりだから。

そんな風に考えると、自分がいま編集者になりたいと言いながら、スタート地点の手前で足踏みをしているのが、馬鹿らしく思えてきたのだった。

なりたいと思っているだけでは一生なれないのだとも思った。
今すぐならなくては。自分から名乗っていかなければ。

今日からお前は編集者だと誰かから言われるのを、私は無意識に待っていたのだ。


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そんなわけで、ありがたいことに私はその代表のもとで、4月から編集者として働くことになった。数少ない枠の中、奇跡のようなタイミングで、幸運としか言えない展開だった。

編集という仕事に対して思うことは、変わらない。

表現し、発信する人を、支え、守りたい。
それが、世の中を変えるひとつの歯車になる。

そして、私がこの世界にいられるひとつの理由になると、信じている。

たとえ営業時代と同じ挫折を味わったとしても、道を変えようとは思わない。同じ編集の道に戻りたいと思うだろう。

そう思えるという、自分自身の匂いのような、言葉にできない直感がある。

そんなはったりをかまして。


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