僕の頭の中の二人の話。

 彼女の勝手ぶりに付き合うのは、ほとほと疲れる。僕がどれだけマトモでいたいと願っていても、彼女は僕の手足を無意味に動かして遊んだり、昔の嫌な記憶、悲しい記憶を何度も何度も思い出させて僕を苦しめたり、友達と話している時に「ねえ、あっち見てみなよ。」と指さして僕を別の方に気を向けようとする。かといって、楽しい雑談の場になると彼女は引っ込んでしまい、僕一人で大勢を相手にしなくてはならず、話の流れを追うだけで精一杯になる。そして一番いけないのが、一つの輪になって話しているのならまだ会話の流れが整理できるのだが、あっちで数人、こっちで数人、ここでも二人が話す、というようなごちゃごちゃしたパーティー会場だ。僕はそういった場では話すことはおろか、5分ほど黙って座っているだけで、もう5分は本を取り出して読み始め(勿論、本も会話も、その中身は頭に入らない)、気分が悪くなって会場を飛び出すことを繰り返す始末。

 だけど、コロナになって飲み会やパーティーに行かなくても良いようになり、少し安心した。どうして日本人は、人は、飲み会やパーティーをするのか?そして、どうしてあんなにも会費は高いのか?それ以外に、もっと人との出会いや楽しみの場所はあるはずなのに。と、大学時代は思っていたのだが、意外と飲み会やパーティーがくっついていない集まりの方が、大人の付き合いでは少ないのだと気づいた(絶望)。

 今まで、「彼女」の存在について分かってもらえたのは母親くらいなんだが、同じ軽度アスペルガーの方々には、分かってもらえたりするのだろうか。僕はイギリスの探偵ドラマ、「アストリッドとラファエル」が好きなので、僕の中のアスペルガーは「アストリッド」と呼んでいる。「アストリッド」は、秩序と論理的思考が大好物。じっくり物事を観察したり、その仕組みを考えるのも好きだ。集中しだすと止まらないので、彼女に付き合うときは時間を区切って付き合うのがポイントだ。視覚情報を非常に好み、目に入らないところに逆にモノがあったりすると「ない」と認識し混乱したりする。

 僕の中にはもう一人、「ホームズ君」がいる。ホームズ君は、軽度ADHAの特性をもっている。止まることのないエンジンが彼には搭載されていて、夜も昼も問わず、次々と新しいアイデアが浮かんでは消えるのを繰り返す。自由な時間を生きるホームズに僕は振り回されがちで、明日が朝早くから仕事なのに浮かんできたミーティングのよりよい進め方の話を延々と聞かされるときには気が滅入る。整理整頓が好きなアストリッドが片づけてくれても、ホームズ君が瞬間的に適当にその辺に物を置いたりすると、分からなくなってパニックを起こしたりするので彼の動きには注意だ。

 一番キツイのは、二人が同時に話しかけてきた時だ。ホームズ君が次々浮かんだアイデアを雄弁に語り続けるのを、アストリッドが精密に記録し続けるのが延々と続く。長大な企画書を書き上げる日もあれば、小説やエッセイ、授業案等、形は様々である。逆に、仕事や勉強をしているときに二人の調子が良いと、1週間かけてやろうと計画していた作業が2日で終わったりする。

 じゃあ、二人がいることは上手くコントロールすれば素晴らしいじゃないかと思うかもしれないが、世の中そう甘くない。彼らをコントロールしようとすれば、猛反発を食らうし、しかも2対1の構図だ。「猛反発」というのは、彼らは生来、それぞれの時間軸と行動規範で生きている子供のような存在なので、探偵のように善を行使するような規律をもって動いているわけじゃない。だが、彼らを統合しているのは「僕」自身なので、そこは彼らも分かって、互いの関係性の中で動いている。
 また時によっては、彼らのうち一人は調子がよく、一人が悪いときだってあるし、二人が絶好調でも、僕自身が疲れ果てている時もある。その調和を保ち、スペックの高い状態をできるだけ長く維持する為には、休息や生活リズムが欠かせない。

 「そんなこと、私だってあるわ」「普通のことなんだから、気にする必要ないぜ」と慰めてくれる人たちがいる。因みに、このような慰めは実は慰めにはなっていないことを一応みんなに伝えておこう。その気持ちはとても嬉しいのだが、非定型発達の人(少なくとも僕は)これまでの人生で「なんか人と違うんですけど」ということで死ぬほど苦しんできているので、それを「普通なんだから大丈夫」といわれるってことは、「お前は努力が足りんのだ」と言われているのと同義なのだ。

 さて。僕は挑戦と旅を続ける必要がある。その目的は、自分の奥さんを見つけること。別にナンパして回りたいとかいう訳じゃなく、生涯を通じて理解しあえるパートナーを見つけたい。彼らの存在を理解してもらえるかどうかが心配なところもあるが(今までは失敗ばかりだったから)、その存在を消すことはできないし、今となっては仕事でも趣味でも、彼らを頼って生きている。
 コロナになって、探す方法は制限が厳しい状態が続いている。仕事をしている身だと、濃厚接触者になって職場に迷惑をかける訳にもいかないから、どうしても慎重にならざる負えない。でも、彼らがどんな問題も解決してくれるだろう。

 実はそんなことを考えながら、僕は過ごしている。

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