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自己肯定感が低い理由は田舎生まれにある

私は自己肯定感がすこぶる低い。
それにもかかわらず、変にプライドが高く、見栄っ張りなところがあると自己分析をしている。
仕事や私生活でちょっとしたミスをしたり、気を遣えなかったりすると、
「なぜ私はそんなこともできないのだろう」とひどく落ち込むのだ。

中学校の部活や大学でのサークル活動でも、周りの目を見て行動し、できる限り気を張っていたのでとにかく生きることが疲れるなと思っていた。
しかし、その甲斐あってか、先輩からは好かれる性格だった。
だから中学のバレーボールの部活では運動神経がないのに副キャプテンに選ばれ、大学のサークルではサークル長を任命された。
どれも目上の人によく見られたい精神が働いて動いていたからだ。その反動で、逆に年下に好かれることはなく、人をまとめる力もないので人望は薄い。

目上の人によく見られる努力をするのに詰めが甘いというか、なんというか。

社会人になりその性格の延長線上で働き始めると、自分がちょっとでも気を遣えないと本当にダメな人間だと思うし、なんて物覚えが悪いんだと落ち込む。
こんな些細なことにも気づかないなんて、先輩社員に失望されただろうか、と考え込んでしまうのだ。その積み重ねで自分で自分の人生を生きづらくしている。

なぜこのような性格になってしまったのか。

それは考えるところ至る答えは「田舎出身だから」である。
この田舎コンプレックスを紐解くと、
小学校の時に強制参加させられた、「スポーツ少年団」と呼ばれる部活だった。

私の生まれた地域ではマイナーなスポーツが盛んで、そのスポーツで全国大会を何度もしたことがあるほどだった。その名前を出せばすぐに特定されるだろうほどに。
そのような地域に生まれたので、小学3年生からその部活にはほぼ参加させられる。チームの中心となる5、6年生は強制参加だった。
小学3年生からの「ほぼ参加」というのは90%が参加していたからだ。
もし参加しないと、1〜2年生に混ざって学童に行くのだ。

平日週四日、土日も練習がある。
運動ができない自分にはとてもとても辛い日常だった。

好きでもないスポーツをする。
しかもチームプレー。
自分ができない、失敗することで、失点し、チームの負けにつながる。
あの子ならできたのに、何で言われた動きができないのだろう。
辛い、できなくてごめんなさい、走れなくてごめんなさい、反射神経悪くてごめんなさい。
ずっとそんなことを考えて、また明日も放課後に練習がある、辛い。

と思っていた。

協力することや努力すること、継続することが小学生から必要だと言われるとそうかもしれない。
でもやりたくないことを強制的にやらされて逃げ道がないというのはいかがなものだろうか。

もし都会とまでは言わなくともある程度の規模の小学校だったら、部活に選択肢があっただろう。そもそも強制参加ではないのではないだろうか。部活以外にも自分の好きな習い事が通える範囲に存在しているのではないか。

そんなことを思う。

選択肢があるというのは将来の道を広げるきっかけになる。

運動のできない自分が強制参加でスポーツをしたことで、得たものは、
「自己肯定感の低い」「周りの目を気にする」「見栄っ張り」だった。

本当に私はあの小学校時代のスポーツで得たものでいいものはなかった。

だから私にもし子供ができたら、選択肢のある田舎以外の土地での子育てを選ぶだろう。

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