見出し画像

アポロ503号

舞台はアパート「アポロ」の503号室。
2020年12月下旬。
一人の男が、コンビニの買い物袋をぶら下げて、帰宅する。

ただいまー。

キッチンの方に恋人がいるかのように話しかける。
靴を脱ぎ、コートは着たまま、鞄を放り出し、テーブルの前に座る。

外、寒いよ。
え? 雪?
 雪は降ってないけど、でも寒い。

テーブルから手の届くところに、電気ケトルがある。
男はケトルのスイッチを入れて、お湯を沸かす。

もう12月だもんな。
12月も終わるか、もう1月だもんな。

ああ、飯食べるよ。
大丈夫、買ってきた。

男はコンビニ袋からカップラーメンを出す。

そうまただよ。
いいだろ、うまいんだから。
うまくはないか。
いや、でもおれは好きだよ。

男はカップヌードルの蓋を開け、そこで何かに気づく。

あ、そうそう。チーズとってよ。
スライスチーズ。
そうそう、入れるの、ラーメンに。
そう、半分だけ。半分がいいんだ。

男にとっての微かな贅沢。チーズを入れること。
半分だけが強調される。

塩分はいいよ、気にしてない。
塩分と脂がうまいんだよ。
ビールは買ってないよ、高いから、禁酒中だし。

発泡酒を買っているわけでもなく、
男のビニール袋に他にものは入っていない。

ねえ、チーズ、

少し待つが、恋人からの返事はない。

わかったよ。

立ち上がり、冷蔵庫の前へ。

そうそう、半分だけいれるんだ。
半分食べる? いらない?
そっかそっか。
じゃあこれはまたあした。

男は残り半分のチーズを冷蔵庫に仕舞い、テーブルに戻る。
半分に切ったチーズをカップヌードルの中に入れ、手を止める。

たった3分だ。
え? ウルトラマンの時間じゃないよ。
いやまあ似たようなものか。ウルトラマンも3分で平和をくれるもんな。
カップラーメンはさ、3分で幸せをくれるんだよ。
12月の寒い日は特にね。

男、いいながら体を震わせる。

寒いな。

ケトルの音が止まる。湯が湧いたようだ。
待ってましたとばかりに、男はカップ麺に湯を入れる。
スライスチーズが、お湯で少し溶けていく。

じゃあ、いまから3分だ。
測ってよ。
わかったよ。

男は立ち上がり、冷蔵庫の前に行く。
冷蔵庫に貼ってあるキッチンタイマーを操作する。

▽▽▽

2008年12月下旬。
女性の恋人がアポロ503号に帰ってくる。
舞台上にいる女性は、それにキッチンから声をかける。
女性は、恋人からコートを受け取り、それを壁にかける。

おかえり。雪降ってきた?
そっかそっか、予報では10時から雪だったから。

もう終わるよ12月、1月、新年ですよ、もう平成も
あ、ごはんは? たべる?
え、たべるの!? 何も用意してないよ。

またカップラーメン?
はいはい、わかったよ。

え、なに? チーズ? いれるの?
でも、塩分多すぎない? 脂も。
どうせビール飲むんでしょ?
あっそう。
チーズね、はいはい。

女性は冷蔵庫からチーズを取り出し、半分だけ男に渡す。

いらない。太るもん。

残り半分は冷蔵庫にしまう。

ウルトラマン?
カップラーメンは?
あったかいしね。
はいはい、わかったよ。

キッチンタイマーのスイッチをいれる。

▽▽▽

iPhoneの着信音がなる。

キッチンタイマーをいじっていた男は、
慌てて上着をぐしゃぐしゃにするが見つからず、
テーブルの下に自分のiPhoneを見つけ、電話に出る。

もしもし。
おー久しぶり!
生きてた?
生きてるよ、あたりまえだろ。
まだ死なねーよ!
いま?
ううん、ひとり。
そう、家。
え?
ああ、いまカップラーメンにお湯入れたところ。
え、いいよいいよ。
あ? なに、もう来てんの?
そうそう、503。
え、いやいいよ。
うちなんもないからさ、俺降りるわ。
いや、いいっていいって。
ちょっとまってて。

男、言いながら、上着を着ている。
電話を切る頃には靴を履いていた。
カップ麺のお湯は入ったまま、放置されている。

男、家を出てエレベーターを待つ。
なかなか来ず、しびれを切らして階段を降りる。

外。 男を待っている人間がひとりいた。

おっす。
久しぶり、生きてんじゃん。
何しに来たんだよ。
あ?
とりあえず、飯食いに行く?
いいんだよ、どうせカップ麺だし。
いやいいっしょ。どこ行く?
あ?なに、行かねーの?え?
ああ、
ああ、
ああ、そっか。
いや、大丈夫。

男は上着から財布を取り出して、中身を確認する。
財布から1万と6千円を取り出し、

悪い、いまこれしか、、、
いや、いいって。持ってけよ。
持ってけっていうか、ほら。
いやいいって、まじで、大丈夫だから、すぐにまとまった金入る予定だし。
いやまじでまじで、だから残りもすぐ返すから。
ああ、
ああ、
ああ、悪いな。
ありがとな。
じゃあ、また。悪いな、遠くまで。
おう、じゃあまた。

男、階段を上がり帰宅する。

▽▽▽

1990年12月下旬。
アポロ503号室にひとりの男性が帰宅する。
音を立てないように、静かに部屋に入る。疲れ切っているようだ。
上着を脱ぎ静かにかけ、テーブルの前に立つ。
テーブルにはカップ麺とひとつのメモ書き

どうやって、チンして食べるんだ。
(深いため息)

男性は奥の部屋を覗きに行く。
壁に体をぶつけてしまい、音をたてる。
奥の部屋から奥さんが起きてくる。

ああ、悪い。
ああ、仕事だよ。
雪は降ってなかったよ。
ああ、そうなのか
明日には積もってるかな

なあ、これ、

男はカップ麺を指して言う。

ああ、おやすみ。
(深いため息)

▽▽▽

どうして?
どうして片付けないの?
合わないところは、ちゃんと言っていかないと。
ちゃんと合わせていかないと。
ムリって、これからずっと一緒なんだよ?
ムリじゃないじゃん。ムリだったら、ムリじゃん。
これから合わせなきゃいけないことがいっぱいあるの。
あなたはいらないって言うけど、私はほしいの。
関係なくない、大事な話でしょ。
お金はなくても、協力してなんとかしようって、
仕事休んでなんて言ったことないでしょ。ある?
ないよ。

だからせめて、コートを床に放らないでって、そう言ってるの
少しは体のことも気にしてって、そう言ってるの
カップ麺ばっかり食べないでって、そう言ってるの

私、思うんだけど、これって結構底辺の食べ物だと思うの。
お金がないから買ってるの? 節約のつもり?
でも、自炊したほうが絶対に安いの。お金が無いから自炊できないって、
でもカップ麺のほうがぜったい高いのよ。わかる?
 多重債務、多重債務なのカップ麺は。わたしはそう思うの。

食べるなって言ってるわけじゃないの。あなたが今やっていることは、
私たちの問題の、なんの解決にもなってないの。未来にならないの。

女性は、目の前にいる恋人を見つめ続ける。
やがて目をそらす。

▽▽▽

空になった財布の中身を確認して、放り投げ、しばらくモヤモヤとする。
やがて、歌うように大きな声で叫ぶ

どうしろって言うんだよ!

隣の部屋から壁を叩かれる。

男性は深い溜め息をつき、テーブルに置かれたカップ麺を見る。
蓋を開けると、そこには伸び切ったカップ麺。
箸を入れて、かき混ぜるがうどんみたいだ。

もう、ぐずぐずじゃん。

男は箸を置き、退屈そうに窓の外を眺める。
窓の外は雪がしきりに降っている。
 窓の外を見ながら、ため息を吐く。

▽▽▽

女性は吐いた息を溜めるように口元に両手をあて、
顔の前でその手のひらを擦る。手を擦りながら、扉の外へ。

古い携帯の音がなる。
女性は、真剣に、だが優しく携帯電話にでる。

もしもし。
うん。
いま終わったよ。
うん、

おめでとうだって。(すこし笑う)

ううん、大丈夫。
今日はひとりで帰れるよ。

女性は雪の降る中を歩いている。

▽▽▽

男性はアポロ503号に帰ってきている。
台所でカップラーメン以外の食事を探していたようだ。

ああ、ただいま。
ごめんな、起こしたか。
雪、すごいよ。
うん。

なあ、飯ほかになにか

奥さんにテーブルの上を指示される。そこにはカップ麺。
テーブルのうえにおかれたカップ麺を見る。

ああ、わかったよ。
大変だもんな。
いつもありがとな。
ああ、おやすみ。

男性はテーブルに置かれたカップ麺を眺める。

▽▽▽

男はテーブルの上のカップ麺を眺めている。

もう、ぐずぐずじゃん、、、

やがて、窓の外が気になり始める。
下を見ると、注目をあつめる出で立ちの初老の男性が立っている。
男はそれを眺める。

▽▽▽

女性は、雪の降る中を歩いている。

泣いてるの?
もう、ぐずぐずじゃん。

なに、悲しいの?
わかってるよ。
そっかそっか。

もうつくよ。
もうすぐよ。
もうすぐ。

女性はアポロ503号室の前にたどり着く。

▽▽▽

男性は音を立てないように静かに扉を開ける。

ただいまー(小声)

上着をそっと脱ぎ壁にかける。
テーブルの上のカップ麺を見る。
奥さんは起きていたようで、声をかけてくる。

ああ、ただいま。
雪、すごいよ。
うん。

男性は窓の外を眺めて、年の瀬の雪を見ている。

今年も終わりだな。
平成1年生まれか。
かっこいいな。

なんでもないよ。

奥の部屋から赤ん坊の鳴き声がする。

ああ、ごめん。

男性は奥の部屋を覗き見る。

もう、ぐずぐずだな。
お母さんがいいのか。

泣き止む。

そうかそうか。ああ、おやすみ。
ありがとう。
なんでもないよ。
なんでもない。
いつもありがとう。

男性は言いながら窓の前へ戻る。
窓の外、遠い景色を見ながら、

父さんも、がんばるよ。

▽▽▽

男は窓の外を見ている。
キッチンから恋人に話しかけられる。

え?
ちがうよ。
真面目なことなんか、考えてないよ。
適当だよ。
悪いかよ、いいだろ。

テーブルに座って考え込む。
iPhoneを取り出して、電話をする

おお、さっきはありがとな。
ああ、あのさ、で、悪いんだけどさ、
さっきの金やっぱり返してくんないかな
ああ、いや、うん、
スーツ、買おうかなって、思って。
うん。
いいだろ別に!
うん、ごめん。ありがとう。
本当に、ありがとう。

男、押入れの方へ向かう。

代わりにさ、あ、金はちゃんと返すけど、
とりあえずさ、カップ麺食わない?

男、押入れを開けると大量のカップ麺が落ちてくる。

ああ、もうやめようと思って。こういうの。
うまいよ?うまいけどさ、
もうやめようと思うんだ、こういうの。
すぐぐずぐずになっちゃうしさ。

ああ、わかった。
ああ、ありがとう。

男、ぐずぐずになったカップ麺を、流し台に捨てる。

ごめんなさい。

自分で自分の頬を叩く。
鞄にありったけのカップ麺を詰めて、上着を来て、家を出る。

   おしまい。


ここから先は

192字

¥ 500

購入&サポート、いつもありがとうございます!すごく励みになります。 サポートいただいた分で、楽しいことをつくったり、他の人のよかった記事をサポートしたりしていきます!