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”折り紙を見る眼” 第4回折り紙品評会『狛犬』

 折り紙作品を見るときにあなたはどこを見ているだろうか?

 「折り紙作品をどう見るか」を作品の品評を通して紹介し、折り紙の魅力を発信する企画、”折り紙を見る眼”。第4回となる今回は、ろきし氏の作品『狛犬』を題材に、3名の折り紙創作家、たけたけ氏すけさん氏長山海澄(Kaito)氏のレビューのもと、折り紙作品の魅力を多角的に紹介していく。

 前回の”折り紙を見る眼”はこちら

 このnoteは、品評会で出た議論の内容を筆者が総合的にまとめたものである。レビュアー3名の評価資料はレビュアー紹介欄に添付してあるので、それぞれの作家の評価についてより深く知りたいという方は、そちらをご確認いただきたい。

品評作品の創作者紹介

ろきし氏

 動物作品を得意とする現役大学生折り紙創作家。22.5°系で明快な構造を持った作品群ははっきりした面構成と立体感を持ち、360°どこからでも見られる解像度の高い造形が魅力。折り紙サークルを掛け持ちし、学祭展示等を行うなど活動も活発な、今注目の若手折り紙作家。
現所属サークル:東京工業大学折紙同好会FIT、東京大学折紙サークルOrist
SNSリンク:X(旧Twitter)

評価対象作品『狛犬』

『狛犬』(ろきし氏作)

狛犬
創作者:佐原広樹(ろきし)
創作日:2023/8/24
用 紙:レザック66 しろねず・100 kg ・70×70 cm

作品品評

全体の造形と重量感

 狛犬というモチーフは通常石材の彫刻(屋内の場合は木彫刻もある)であり、モデルはインドから伝来した獅子(ライオン)と言われている。たてがみが大きく複雑に造形されており、通常2体一組で作られることが多い。本作は、紙という軽量素材で、重量物である石彫刻の狛犬を作った点が秀逸である

レザック66が貼られた土台。

 使用した紙であるレザック66(色:しろねず、連量:100 kg)は、”レザーライク”という意味の造語名を持つエンボスペーパーである。レザー調の紙ではあるが本作において言うと、その色とテクスチャサイズから、石のテクスチャにも見え、モチーフとマッチしている。紙の厚みは連量100 kgとコンプレックス作品においてはやや厚めのものであり、厚みのあるヒダの表現が作品に重厚感を与えている。また、作品本体が乗っている土台も作品の石像らしさに一役買っているだろう。

作品側面写真。接地面が広く、重量を感じさせる。

 四肢のディテールに着目すると、いずれも太く折り出されているほか、それぞれの接地面が広く造形されており、しっかりと体重の乗った重量感のある表現がなされている。四肢のうち一つでも宙に浮いている(もしくは体重が乗っていない感がある)と違和感に直結するが、基本形の折りたたみの時点で四肢が基準に沿って明確に折り出されており、構造的にそうした違和感を生じなくさせているところは評価が高い。

 全体のシルエットを通して見てみても、要素数の多い前半身に比べて後半身はシンプルだがしっかりと重量感を持ち、重心が取れている。折り紙という表現技法の特徴として、ボリュームのあるパーツの折り出しのために多くの紙を使い、実際のモチーフと折り紙作品の間で重心位置のずれが出てくることも多いのだが、本作はそういったずれがほとんどない。造形・構造の両面で、狛犬という重量感あるモチーフを上手く折り紙に落とし込んでいる。

モチーフのデザインと折り紙への落とし込み

 本作で注目の集まるパーツといえば頭部からたてがみにかけての表現であろう。全体を通して”紙を巻く”という一貫したデザインで構成されており、ハイディテールかつ統一感のある造形となっている。

作品前面写真。作品を通して一貫して”紙を巻く”表現がされている。

 実際の狛犬像では石を渦巻き状に彫ってたてがみを表現しているものが多いが、本作ではそのような渦巻き状とは異なり、紙をゆるく巻くという紙ならではの形をモチーフの表現に生かしている。折り紙でどの程度実物に近づけるかというのは作家の独自性が色濃く表れるところであるが、本作ではモチーフらしさを損なわずに適度にデフォルメし、折り紙的なデザインで表現している点が秀逸である。もっとも、狛犬は空想生物であるので明確な正解は存在しないのだが。

目〜眉〜耳へとつながるデザインライン。

 顔の造形は、目、眉毛、鼻の穴、牙などのディテール感の高い造形となっている。展開図から、前川淳氏の名作『悪魔』(リンク:前川氏のサイト)と構造が似ており、そこから沈め折り等を駆使して造形されていることがわかる。また、目〜眉〜耳へデザインラインがつながり、アイコニックな表現となっている点も評価が高い。作品をパッと見た第一印象の時点で、確かな説得力を持って狛犬を表現している点は本作のポイントと言えるだろう。

作品の基本形と仕上げの関係

 本作にも使用されているメジャーな折り紙創作法の一つとして、伝承基本形から折り込む創作法がある。例えば、まず初めに鶴の基本形を折り、それを折り込んでいって犬を作る、といったイメージだ。この手法では比較的設計の難易度が抑えられる(ほとんどなくてもいい場合もある)一方で、必要な造形を的確なバランスで折り出す造形センスが求められる傾向がある。

『狛犬』の展開図(左)と座布団鶴の基本形の展開図(右)。よく見ると、『狛犬』の展開図に座布団鶴の基本形の線が入っているのがわかる。

 本作は座布団鶴の基本形という比較的折り易い基本形から作られており、そこから展開図の折り筋の通りに折り込むと、作品の大まかなシルエットまでが完成するように設計されている。例えば前脚は、展開図の折りたたみの時点で下向きに折り出されており、仕上げの段階で大きく下に持ってくるような工程を経ることなく、適切な位置に配置されている。基本構造と完成形との距離が近い本作は、基準の無い不安定な仕上げの折り工程を構造的に低減できている点で評価が高い。

展開図の折り畳み推定図(左)と作品の側面写真(右)。展開図の折り畳み時点で脚や身体が完成形に近い形まで折り出されている。

 創作者のろきし氏は後ろ脚の薄さを要改善点にあげているが、それを解消するための手段として領域付加をするとなると、座布団鶴の基本形が崩れることとなる。確かに、ディテールを増そうと考えたとき、領域付加は効果的な選択肢だ。すけさん氏がレビューの中で上げているように、展開図を右下に拡大するように領域を付加すると、後ろ脚が内部カドになり厚みを増せるほか、しっぽにも領域を割くことができるため、後半身のディテールアップが可能だろう。しかし、それが作品の造形に対し必ずしもプラスに働くかと言われると、そういうわけでもない。

領域を付加した展開図のイメージ図。

 シンプルな基本形に対して領域付加をすれば、その分基準点の折り出しが複雑になるほか、付加領域のうち不要な部分の処理にリソースを割かなければならなくなる。本作の場合、後半身のディテールアップのために展開図右下に帯状に領域を付加すると、たてがみの領域に干渉することになる。その結果、折り工程が複雑になり、作品の仕上げ工程の難易度が増し、作品の仕上げが汚くなる、なんてこともありうる。作者の力量にも寄るのだが、往々にしてこうした安易な領域付加は作品を破綻させる。そうした意味で本作は、折り紙における重要度のバランスが取れている良作と言えるだろう。

終わりに

 今回の品評作品『狛犬』は、シンプルな基本形から折り込んで造形していく、いわばオーソドックスな手法で創作されている。昨今の折り紙作品によくみられる端から順番にパーツを詰めていくような緻密な設計に対し、本作はシンプルな基本形を折り出して再現性と折りの安定性を上げ、効果的な仕上げの見立てでモチーフを表現している。韓国の折り紙界隈でもこうした伝承折り紙の基本形を使っている作品が多いが、シンプルな基本形ながらまだまだ良作が生まれうる余地があることを今一度思い知らされた。

 このnoteを読んだ方が、折り紙作品を鑑賞するとき、もしくは創作をするときに、何か指標となるような、”折り紙を見る眼”が得られていることを、私は願っている。

レビュアー紹介

たけたけ氏

レビュアー① たけたけ氏

 柔らかい作風が特徴の折り紙創作家。普通紙やもみ紙を使用して数多くのインサイドアウト作品を手がけ、動物作品やキャラクター作品からユニット作品まで幅広く創作する。世間のトレンドを敏感に察知し、流行中のキャラを素早く創作するなど、そのスピード感も魅力。
 元所属サークル:東京大学折紙サークルOrist
 SNSリンク:X(旧Twitter) Instagram

レビュアー② すけさん氏

すけさん氏

 題材の幅広さと、リアル・デフォルメを問わない作風が特徴の折り紙作家。あらゆる対象を、折り紙で表現できる形に落とし込むデザイン力は若手作家の中でも随一。作品創作の過程を詳細にブログで紹介するなど、情報発信・情報交換に関して特に積極的な作家の一人。
 元所属サークル:京都大学折り紙サークルいまじろ~
 SNSリンク:X(旧Twitter) blog

レビュアー③ 長山海澄(Kaito)氏

長山海澄(Kaito)氏

 ユニット折り紙を得意とする折り紙創作家。「#毎日新作ユニット」と題し、毎日新しいユニット折り紙を創作するスピードとアイデア力は秀抜。折りやすい近似値の利用と独特な組み方を使う作品が特徴で、見て良し折って良しの多面的な面白さが魅力。近年は個展等の展示会を多く開催している他、折り図の発信も盛ん。
元所属サークル:東京大学折紙サークルOrist
SNSリンク:X(旧Twitter) Instagram

雑記

 以下、品評会にて議論した内容を少し書き記しておきます。実際の議論では以下の点含め、良い点悪い点双方を意見交換していますので、興味があればぜひ次回の品評会にご参加ください。また、今後の品評会ではyoutubeでのライブ配信を予定しています。事前に告知を出す予定ですので、続報をお待ちください。

  • 2頭折って対にすべき?

  • 写真で発信する目的で作品を作るなら、実際に折るのは一体だけで最後の仕上げを変えるとバージョン違いの作品とすることも可能?

  • 本人も感じているところだが、後ろ足が薄いところがやはり気になる

  • 前半身にボリュームがあるので、しっぽが薄いのが気になる

  • 頭部~たてがみの表現としっぽの表現の差が気になる

  • 展開図の可読性という評価指標?

筆者自己紹介

kal_ori(筆者)

kal_ori
 非常に写実的な作風を特徴とする折り紙創作家。主に蛇腹を用いながらも、緻密な設計をせず「アドリブで」造形するという独特の創作法を用いる。他にも、正方形以外の用紙を使用したり、複合・着彩等の手法も取り入れ、既存の複雑系折り紙の枠にとらわれない造形を追究している。
元所属サークル:早稲田大学折り紙サークルW.O.L.F.
SNSリンク X(旧Twitter) Instagram note

ご案内

 今回の折り紙作品品評会など、活発な議論を通して折り紙に向き合い、企画・発信を行うコミュニティ、『Folder's Lab』を発足しました。折り紙について議論する専用のディスコードサーバーを立ち上げ、サーバー内でテキストチャット、ボイスチャットを使って議論・交流をしています。
 今回の品評会でも、ボイスチャットを使って創作者⇆レビュアー間の直接的なやり取りをしています。
 議論に参加したい人、議論してみたいテーマを持っている人、議論には参加しないかもしれないけど聞くだけ聞いてみたい人、私のX(旧Twitter)にDMをいただければご招待いたします。ぜひ、皆さまご参加ください。


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