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丹生都比売 梨木香歩

あらすじではなく、感想でもなく、私個人が感じたことだけを書いてます。よろしくお願します。

1995年に発売した本である。私が奈良にはまった20歳くらいの頃、奈良の古代に興味あるならこれ良いよ。とその頃親しくしていた6歳年上のお姉さんにお勧めしてもらったものだ。だから最初に読んだのは2000年頃だと思う。
若草色の和紙のカバーに茶色の文字色というシンプルな装丁の本。草木や土のにおいを感じられ、緑なす吉野のイメージとも重なる。
二度目に読んだのは、最初の単行本が絶版し、なかなか入手できなくなっていた頃に、ようやく新装丁で販売されることになった時。今度は紺色のマッドな表紙に銀色の箔押しでタイトルの文字。こちらもまたシンプルな装丁だが、中身を知っていると銀の箔押しの意味が伝わってくる。この装丁もいい。新装丁版が発売してすぐに購入したが、一度読んでいたのもあってさらっとしか通読していなかった。今回は久々にじっくりと読んでみた。

この小説は幼い草壁皇子が主人公で、舞台は吉野。
大海人皇子がすでに吉野に隠遁しているところからはじまる。史実的にはこの後吉野で大海人軍が挙兵し、壬申の乱が起こり、大海人皇子が天皇として即位(天武天皇)するが、壬申の乱が起こるそのまさに直前の物語だ。

美しい描写がたくさんある。森の深さ、夜の深さを想像できるような情景が想像で広がっていく。そして幼い少年の憂いた心がこの情景の描写に相まってひたすらどこまでも美しい。残酷なのか幸せなのか、受け取り手に判断をゆだねられた最後の描写は切ない余韻を残す。

2000年頃の初読当時、その時すでに「持統天皇という人は残っている史実だけで、悪女として小説に書かれているなあ」と思っていた。持統天皇が悪女、と描かれている風潮に対してもやっとしていたところがあった。昭和の万葉学者や歴史学者の先生方の持統天皇の評価は「かわいくない女性」「権力欲のある女性」。このあたりのジェンダー観の根深さなどについては、私も普段の講座などでよく話すが、納得がいっていないし、私は許してない。
「天皇になった皇女たち」執筆の折にも、そういった男性の学者の先生方の持統天皇評をたくさん読み、本の中で喧嘩を売ってしまいそうになった(笑)。それはともかくとして、この本も悪女というか、少し怖い母として描かれる。でも息子である草壁皇子は母の闇の部分を知って、なお母を愛している。今だと「毒親」にあたるのだろうか。読んだ当時(2000年頃?)は毒親という言葉などなく、可哀そうで怖い母という印象だった。この小説では、祖母にかわいがられていた姉(大田皇女)と弟(建皇子)の間で、愛されていなかった娘としても描かれている。だから、落ち着いたしっかりした女性にならざるを得なかったのだと。持統天皇の人物造形には同じような設定のものが少なくないが、日本書紀に「持統天皇は愛されずに育った皇女でした」と書いてあるわけがないので、作家の想像である。とかく、この母の性格設定がこの小説の主人公の草壁皇子に最初から最後まで影響を及しているのだった。
持統天皇について書いたらかなり長くなってしまうので(笑)それは別のところに書いたり、言っていくとして。私は2000年の初読時はまだ壬申の乱も吉野についても知識がなかった。吉野=吉野山、または吉野のどこかとふわっと考えていた!当然その頃は土地勘もないので、具体的な場所をイメージして読んでいなかった。イメージ上の吉野だった。
だが今回読んで、この話の舞台は吉野宮だし、水分山が出てくるし、国栖も近い。舞台は宮滝。そうなると地形がわかる。かなり具体的なビジュアルも出てくる。皇極天皇の吉野宮が舞台なのだとすると、吉野町歴史資料館のあたりが草壁たちが住んでいたところになるだろう。知ってから読むとこんなに印象ががらっと変わるんだなと思いながら読んでいた。宮滝に泊まってみたら夜の深さを知ることもでき、もっとこの世界の空気感にどっぷり浸れるだろう。

主人公草壁皇子について。まだ10歳程度だが、聡明な人物として描かれている。聡明で思慮深く、心が優しく憂いが深い少年である。初読時は20歳くらいの私はこの聡明さと思慮深さにはあまりぴんとこなかった。ただ、体も心も弱弱しい人物で、病気がちな人として描かれることが多い草壁皇子が賢く描かれていることに少し驚いていたとは思う。この本を初読する前にもこの時代の小説や漫画を色々読んでいたが、この小説が入り口で古代に興味を持った方たちというのも少なからずいて、そういう方は草壁好きな方が多かった。20年前、わたしは古代が好きで興味はあったけれど、草壁皇子に焦点をあてて古代をみていなかった。そのためこの小説も描写や情景の美しさと、持統天皇の人物像に目がいってしまっていた。これまでこの小説内の草壁皇子に対しての感情というものがとくに沸かなった。しかし今回、読み始めて最初から草壁皇子が
か、可愛い。
と思った。
こ、これは母性本能のようなのでは!?という感情が沸いた(笑)頭をなでてあげたいような衝動が起こった(笑)私の加齢のせいだろうが、読み手の私の感情の変化も面白い。20歳で読んだ時と感じ方が変わるのは当然だが、可愛いと思う日が来るとは(笑)。
私はある時から草壁皇子ファミリーを中心に古代を見るようになっているが、草壁皇子が特別好きというわけではなく、むしろその妃と娘のほうに思い入れがある。その妃と娘のことを2000年当時はよく知らなかった。しかし今はこの二人に関しての文章も何本も書いたしツアーもしたし講座もしている。そのため、夫であり父である草壁皇子に対して思い入れが出来てしまっていたのかもしれない。

先にも書いたが草壁皇子が病弱で意志薄弱だったり、能力がないように描かれている作品も少なくないので、そういうもので草壁皇子の印象を決めてしまっている方にはぜひ読んでいただきたい。最初にも書いたが、もう絶版ではなく購入も可能なのでおすすめしたい。

今回改めて読んで、再読によって見え方や感じ方が変わり、登場人物の印象も変わことを知ったし、それがとても自分の中の変化として面白いことを知った。
土地や歴史に紐づいた本を、知識や体験が加味されてからの再読する面白さ、というのを、今後はここで書いていきたいと思っている。(初見や新刊本についても書いていきたい)
ので読書が出来る時間を確保するところから(笑)。

amazon貼るのは抵抗あるけど書影が出るので…。
本屋さんで買ってもらいたい。

↓絶版しているけれどamazonに書影がでていたので、初版のほう。

泊まってみたい宮滝の宿まつやさん


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