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「[超_間]はどこからやって来るのか?」

(※ここでいう3次元とは物質世界の次元を指す)

前回の「ドーナツの[穴]を琵琶の[間]に置き換えてみよう」で[超_間]について書いてみた。




琵琶の間は[空間]だが、愛着が形成されれば場所[家]になりうる話しを前回したが、その続きの考察を少し。


体験としての[間]である[超_間]は、
いったいどこからやって来るのだろうか?


カール・ピアソンの「科学の文法」に当てはめてみるならば、
[超_間]は3次元に侵出している4次元流体(ボートの底に開いている穴から噴出する水のようなもの)と言えるかもしれない。


穴を塞いでいる栓は日常ではほぼ外れる事は無いのだが、何かのきっかけで外れる事もある。


栓が外れて[超_間]が滲出するきっかけとは、具体的にはどんなきっかけだろうか?


❶身体に記憶されるほどの鍛錬
❷舞台での生演奏のような極度の緊張感やプレッシャーを感じる状況
❸口と肛門が直線的空洞になる琵琶楽発声法を行なっている時
❹高所から落ちるなどの[死]に近い状態


自分の経験からすると、この4つの状態が上手く合わさった時に起きやすい。


しかし、❹においては、それ単体でも栓が外れる場合がある。


[死]に近いというのはまさに死にかけの状態を指すが、同時に、日常よりも強く[生]を生きている瞬間、[超_生]を生きている時も、死に近いと言えるのかもしれない。


このように4つの条件が合わさり、4次元の[超_間]が現れる。
しかし、[超_間]の全体を表現するのに3次元では充分な次元を持たない。


髪の毛は1本に近づけばそこには断面があり立体だが、遠く離れたら線にしか見えないように。[超_間]の一部分、千切りないしは輪切りの[間]を認識するだけである。



一般的に認識出来る[間]は、
[超_間]の全体の一部分にすぎないとしたら、3次元に滲み出た4次元の[超_間]の一部分をそのまま3次元に捕らえておくことは可能だろうか?


[超_間]の中に居る時、どんな感覚なのかを言葉で記すのは非常に難しい。

自分の少ない語彙力で頑張って書き記してみようと思う。


[超_間]がいつ滲出するのかは分からない。
しかし、中に入った瞬間は「あ、いま、中に入ったな」と認識する事が出来る。


[超_間]の中にいる時、時間は止まる寸前のようにゆっくりと流れている。


数秒後に(実際の時間はもっと短いかもしれないが)何をしたら良いのかの指示が空間に文字や記号や光によって現れる場合がある。


小さい音が粒立ち区別され、全種類の音を聴いている感覚になる。


肉体からは痛みや不安が全て消えて無くなり、琵琶の重さや肉体の重さも消えて全体に吸収され、[個]では無くなり[全]になり、大きな多幸感に包まれる。


最終的には、琵琶を弾いている感覚さえも無くなり、何かに弾かされている空洞の操り人形のようになる。



[超_間]の中に居る時、私自身も[超_間]になって居るということなのだろうか?

[超_間]から出る感覚は、ポンっと勢いよく出るというよりは、スーっと薄くなるような感じで、いつのまにか出ているという感覚に近い。


不思議な[超_間]を捉えておけたら、
そして、[超_間]と仲良くする事が出来たなら、痛みや悲しみから永久に解放されるかもしれない。



しかし、正直言って、そんな効能みたいな事にはあまり興味がない。


[超_間]を3次元空間に具現化させるロボット[間_空MAQUU]を早く産み出したいだけである。



ただただ[超_間]が面白くて愛おしくて仕方がないのだ。








"オマケ"

3次元生物である私は鳥のようには3次元を自由に動く事は出来ない。(乗り物に乗らない限りは)
4次元の[超_間]にも似たような事が起きているのだろうか?


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