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天にも昇る気持ちで地獄行き/【ネタバレ感想】『ミッドサマー』

※この感想にはネタバレする箇所があります

胃の奥底に鉛を置かれたような不快感を残した奇妙奇天烈なホラー映画『ヘレディタリー』のアリ・アスター監督が本作でもその本領を発揮してます。
 
 妹が両親を殺して自殺するという悲劇に見舞われた主人公ダニーは、唯一頼れる彼氏のクリスチャンと彼の大学の友人たちとともにスウェーデンの小さな村で行われる夏至祭に出かける。しかしその村には奇妙な雰囲気が漂っていた・・・というまたも奇妙奇天烈な映画でした。

 主人公ダニーの彼氏クリスチャンは精神的に不安定なダニーが面倒臭くなってきていて別れたがっている。優しさを見せつつも、普段はまったダニーを心の外に置いている。またダニーもクリスチャンの気持ちが自分から離れていることに気付きつつも家族の不幸など自身にとって精神的な支えが必要なのでクリスチャンの冷たさにも「自分が悪いの」と毎度自分を卑下して騙し騙し付き合いを続けている。
近いうちに二人の仲は終わるだろうと両者はわかってはいるが、はっきりそれを言い出せない状態。

つまり二人は終わりかけた恋愛の真っ最中です。

これが『ミッドサマー』における重要なポイントですね。
 アリ・アスター監督はこの映画について、ちょうど自分が恋人と別れたことを“描写する手段”を探していたところに「スウェーデンの夏至祭を訪れたアメリカの若者たちのホラー映画」という、『ホステル』のようなありきたりな異文化ホラーものの企画が持ち込まれたそうです。そんな企画を見て監督は自身の失恋を描写するのに「これはいい枠組みになるんじゃないか」と思い引き受けたそうです(アリ・アスター監督インタビューより)。
 そもそも普通の人は自分の失恋を“描写する手段”なぞ考えることがないと思うのですが、前作『ヘレディタリー』でも監督自身の家族の不幸を映画という手段で“描写”していたわけですから、本当にイカれてますよね(褒め言葉)。
まさしく「最もパーソナルなことが最もクリエイティブ」(マーティン・スコセッシ)そのもの。

そんな監督の失恋を描写するという観点から『ミッドサマー』を思い返すと、本作自体が恋愛の“始まりから終わりまで”を、スウェーデンの異形の夏至祭を枠組みとして利用して描いているのがわかります。
 というか、アリ・アスター監督は自身をダニーに置き換えて、体験としての恋愛の段階を映画でのプロットに置き換えて描写してる気がしてなりません。監督は表現主義(感情を作品中に反映させて表現すること)についても言及しているので、この傾向は強いかもですね。

例えば、ダニーたち一行はスウェーデンの小さな共同体の村に到着するも午後9時にも関わらず空は突き抜けるような青い空のまま。そう白夜なのです。
時を忘れるこの状況。これは多幸感がいつまで続くかのような恋愛の始まりを表しているのではないでしょうか。
 また72歳を迎えた男女が行うある儀式は恋愛における両親からの自立を表し、犠牲となっていく友人たちもまた恋愛することによって失われていく友人関係を表しているのかもしれません。
 そして他者を慮らないクリスチャンの態度からダニーの心は彼から離れていき、クイーン争奪ダンスバトルで優勝したダニーは村の女王となったことでアイデンティティを獲得してそれまでの不安定な自己を払拭。そして共同体という家族をも得ることになります。クリスチャンの性的な裏切りを経て、果たしてダニーは家族という喪失感をぬぐい去り、仕方なく依存していたパートナーの呪縛からめでたく解放されたのでした。
めでたしめでたし。

そう、これはホラーではなく恋愛映画なのです。主人公ダニー(というか恋に疲れた傷心監督)の救済を描いたセラピーの映画だったのではないでしょうか。

そう考えるとこの映画は終わりかけの恋愛真っ最中のカップルが見に行ったら容赦なくトドメを刺しにくる映画ですよ。
ちなみに僕が6年付き合っていた女性と別れる直前に見た最後の映画は『プラネット・テラー in グラインドハウス』でした。恋愛の始まりから終わりというのは、天にも昇る気持ちで地獄行きですよね(遠い目)。

物語以外では、劇中に登場する幼さと狂気に満ちた壁画やタペストリーの絵は、60年の間だれにも見せることなく妄想の世界を描き続けたアウトサイダーアートの代表的作家ヘンリー・ダーガーを彷彿とさせるビジュアルです。それが映画全体とイメージとして具現化されていることに頭がクラクラしてきました。
 また残酷描写も数は少ないながら、白日の下で(文字通り!)描かれることの非現実感が見た目以上に精神をやられる破壊力。
特に崖から身を投げた老人が岩へ叩きつけられるのをカットも割らずに描いたシーンの、残酷でありながらシュールな情景。黒沢清監督のホラー『回路』を彷彿とさせるのこのシーンは、『ヘレディタリー』のクライマックスのフラフラフラ〜に匹敵する「自分はいったい何をいま目にしているのか」と呆然とする感じ。もうこれはアリ・アスター監督の意匠といってもいいかもしれない。

 一つだけ気になるのは、近親交配による先天的な障害を持っている人物への劇中での「無垢」という共同体の考えと、そこから映画の表現としての“おぞましさ”が安易に結びついているような気がしたので、もう一工夫ほしかったところですね。

それでも『ミッドサマー』のラストシーンでは自分の背中からゾワゾワとなにかが這い上がるのを感じてしまい、もう太陽の爽やかな日差しを無条件に気持ち良いと思えなくなり、また花柄の白いリネンのワンピースを無条件に可愛いと思えなくなりました(笑)。

とりえずスコール!(ヤケクソ)

鑑賞日:2020年2月21日

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長編デビュー作「ヘレディタリー 継承」が高い評価を集めたアリ・アスター監督の第2作。不慮の事故により家族を失ったダニーは、大学で民俗学を研究する恋人や友人たち5人でスウェーデンを訪れた。彼らの目的は奥地の村で開催される「90年に一度の祝祭」への参加だった。太陽が沈むことがないその村は、美しい花々が咲き誇り、やさしい住人たちが陽気に歌い踊る、楽園としか形容できない幸福な場のように思えた。しかし、そんな幸せな雰囲気に満ちた村に不穏な空気が漂い始め、妄想やトラウマ、不安、そして恐怖により、ダニーの心は次第にかき乱されていく。ダニー役を「ファイティング・ファミリー」のフローレンス・ピューが演じるほか、「トランスフォーマー ロストエイジ」のジャック・レイナー、「パターソン」のウィリアム・ジャクソン・ハーパー、「レヴェナント 蘇えりし者」のウィル・ポールターらが顔をそろえる。
公開日:2020年2月21日
2019年製作/147分/R15+/アメリカ
原題:Midsommar
配給:ファントム・フィルム


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