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実写版『魔女の宅急便』で何か大切なものを清水監督は失ってしまったのではなかろうか /【ネタバレ感想】『犬鳴村』

※この感想ではネタバレとなる箇所に触れています。

一度入ると生きては帰れないと云われる福岡の犬鳴トンネルの近くにある村「犬鳴村」。
そんな実在する有名心霊スポットを題材にしたホラー映画です。

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冒頭、ユーチューバーのようにスマホで心霊スポットを実況するカップルの絵から入るPOV系(「Point Of View」の略で、主観視点のこと)の絵はやはりホラー映画との相性がいいと頷きながら見てしまった。カメラがパンすると一瞬なにかが写り込んでいたり遠くに人の顔のようなものが見えたりするがカメラの前の人物はそれらに気づかずにズカズカと闇の奥へと入っていく。カメラの構図だけで恐怖感を感じるPOV演出はいまだに安定していると思わざるをえないですね。ユーチューバーが心霊スポットに出向くホラーでは同じく韓国に実在する心霊スポットのコンジアム精神病院跡を舞台にしたホラー映画『コンジアム』(2018)という怖い韓国映画あります。しかしすでに手垢のついた演出技法ではありますので、『犬鳴村』は冒頭だけですぐに普通の映画的作法に戻るのですが。

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『邪眼霊』(88)『ほんとうにあった怖い話』(91)といったオリジナルビデオ作品で以後の日本のホラー映画に大きな影響を与えた小中千昭氏の『恐怖の作法』(河出書房新社)という、演出における「恐怖」を理論立てて解説している本があるんですが(ホラー界隈では「小中理論」として有名)、その中に“恐怖は段取りである”というのがあります。
 「怪異や不可思議な出来事はその過程が怖いのであって、その因果関係を知ってしまうと怖くなくなる」といったことで、映画ではその段取りこそが「恐怖」を演出する上で重要であるということです。
 これは90年代以降の実話怪談系の短編集『新耳袋』に強く見てとれるように、“因”や“業”を排した非人間性と、オチではなくその過程が新しい恐怖の中心になり、それがJホラーの特色になっていました。
(「実はその部屋では昔に無理心中が・・・」といった、過程ではなく“オチ”で怖がらせていたのは80年代中期まで)

※Jホラーブームについては下記リンクで書いてます

清水監督はそうした90年代からはじまるJホラーの“恐怖の作法”を意図的に外しているなと感じた映画でした (どちらかというとオールドスクールな恐怖譚に回帰しようとしている)。

 最近では“霊能力者をヒロイックにしない”という「小中理論」から逸脱した『来る』『貞子vs伽倻子』といった霊能バトルホラー映画の秀(珍)作が登場し、定型化されてしまったJホラーに新しい風を吹き込んでいます(俺調べ)ので、『呪怨』で一世を風靡し、アメリカ版リメイクの監督で日本人初の全米興行成績1位を獲った清水監督もそれまでのJホラーで映画を作る気は無かったのかもしれません。

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 主人公である三吉彩花は“見えてしまう”人なんですが、自分の周囲で身近な人間が怪死していく。実は三吉彩花の祖母は犬鳴村の出で、その犬鳴村はその昔に悪い役人に騙されてか強引にダムの底に沈んだのですが、村人もろとも沈んだのでその霊がいまだ犬鳴村で彷徨っているということなんです。
 村がダムの底に沈むことはよく聞きますが、さすがに村人ごと沈むワケはないんですよ。いきなり津波のようにダムに水が入るわけでもないですし。
それまでのJホラーにあった“過程の恐怖”ではなく、因についてスポットを当てた本作はその重要な“因”の部分の説得力に欠けていました。
 で、その犠牲になった村人の怨念が人を呪い殺すのですが、その相手がそのダム開発を進めた人間の親類縁者ということなんです。
その“業”は“田舎の村”でないと描けないので地方を舞台にしたローカルホラーを狙うには正しい設定だと思うのですが、どうもそこもうまく消化できてない。田舎感が希薄なんです。福岡が舞台なのに登場人物全員が方言で話さないし。お葬式のシーンはその田舎感がうまく出るところだと思うのですが、それもロビーでの罵り合いで終わってしまう。

『犬鳴村』はアレです、それぞれの地域ネタでホラー映画を作っちゃおうという感じです。自分の地元の心霊スポットの一つや二つは誰だって知っていますし、地元のヤンキーだったら必ず訪れているはず。今後、様々な地域の心霊スポットが映画になるかもしれません。

ただ一つだけ心配なのはこのホラー映画がまったく怖くないことです(大問題)。

この『犬鳴村』って怖く無いんです。『呪怨』ではどこにでもある日本家屋を恐怖の舞台して全国民を震え上がらせた清水崇監督なんですが、福岡の山中の集落という福岡市民以外には他人事であるお話や、またそこでの血縁、地縁といった因果関係が重要になってきて多くの日本人にとってこの映画で登場人物たちが体験する“恐怖”は他人事なんですよね。
 そこで清水監督の十八番である心霊描写に期待したのですが、なぜかこの映画ではあの不条理で生理的嫌悪をもよおすシーンがほとんど見られませんでした。運転席から見えた“なにか”が“繰り返し”落ちているシーンは素晴らしかったですが。
実写版『魔女の宅急便』(2014)を監督して何か大切なものを清水監督は失ってしまったのではなかろうかと心配になってきました。

因や業といった日本のホラー映画が忘れていたものへの回帰と、それまでJホラーが培ってきた無差別テロ的な恐怖をうまくミックスできていれば面白い映画になったと思います。
 またせっかく実在の心霊スポットを題材にしているので、いっそのこと犬鳴峠の近くにある映画館のトリアス久山で映画『犬鳴村』を見ている観客全員が溺死するくらいのメタをやってほしかった。
そして「福岡マジやべえ」というシーンを僕は見たかった(笑)

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鑑賞日:2020年2月7日

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「呪怨」シリーズなどで知られるホラー映画の名手・清水崇監督が、福岡県に実在する心霊スポットを舞台に描くホラー。主演は「ダンスウィズミー」の三吉彩花。臨床心理士の森田奏の周辺で奇妙な出来事が次々と起こりだし、その全てに共通するキーワードとして、心霊スポットとして知られる「犬鳴トンネル」が浮上する。突然死したある女性は、最後に「トンネルを抜けた先に村があって、そこで○○を見た……」という言葉を残していたが、女性が村で目撃したものとは一体なんだったのか。連続する不可解な出来事の真相を突き止めるため、奏は犬鳴トンネルへと向かうが……。主人公の奏役を三吉が演じ、坂東龍汰、大谷凛香、古川毅、奥菜恵、寺田農、石橋蓮司、高嶋政伸、高島礼子らが脇を固める。
公開日:2020年2月7日
2020年製作/108分/G/日本
配給:東映

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恐怖の作法 ホラー映画の技術
小中千昭/著
河出書房新社
3,080円
ISBN 978-4-309-27489-8


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