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スマートで冷静な怒り/【ネタバレ】『スキャンダル』

※この感想にはネタバレに触れている部分があります。

2016年にテレビ局FOXニュースの人気キャスター、グレッチェン・カールソンがCEOのロジャー・エイルズを訴えたことで起こったセクハラスキャンダルを描いた映画。

オープニングからFOXニュースの権力構造を解説してくれる親切設計。アメリカの主要な保守メディアが一つのビルに集まっているというのもすごい。
冒頭から描かれるのはCEOロジャー・エイルズの社内への徹底した監視と上意下達ぶり。オンエア中にFOXのスタイルにそぐわない発言やミスを見つけると制作へと直接電話をして怒りまくる。また女性キャスターにはスカートの短さを徹底させ(パンツは不可)、カメラもワイドで足を映るように指示を出す。
 エイルズは共和党大統領のメディアコンサルタントを務めた後、1996年にFOXニュースを設立したルパード・マードックに招かれて創業時のCEO就き、FOXニュースを全米視聴率No.1に押し上げた立役者。
ですがこのFOXニュース、実はいろいろと物議を醸すテレビ局なんです。

 2001年の同時多発テロ以降、保守愛国路線で視聴者を増やしていったFOXニュースは『アウトフォックス ~イラク戦争に導いたプロパガンダTV~』というドキュメンタリーでその行き過ぎた保守偏向姿勢を問題視されています。
例えば映画でマーゴット・ロビー演じるケイラが“Fair&Balanced”(公正かつ中立)とはなにか?と質問されるシーンがありますが、このFair&BalancedとはFOXニュースの理念なのです。しかしFOXが実際に取り上げるニュースは公正でも中立でもないので笑えないジョークなのです。
ケイラはFair&Balancedの公正と中立を分離させた詭弁ともとれるFOX的解釈でうまいこと質問に答えますが、このシーンはFOXを痛烈に皮肉っていて良かったですね。

またニュースソースのウラをとれずとも“情報筋によると”と言えば大丈夫といったセリフが劇中に出てきますが、実際のFOXニュースでも”一部の見解では”という言葉が頻繁に使われます。これはFOXニュースが主張したい意見をさも一般的な論調であるといったイメージにすり替える言葉で、かなり悪質です。
テレビ番組『サタデー・ナイト・ライブ』では、FOXニュースの番組のスケッチ(コント)でニュースの訂正を延々とテロップで流すくらいデタラメ報道がネタにされています。

 映画ではCEOのエイルズと共に社員に恐れられているビル・オライリーという男性キャスターが登場します。オライリーはFOXニュースの顔、象徴と言ってもよく、『ジ・オライリー・ファクター』という番組はFOXニュースの主張そのものでした。ケイラが抜擢され、友人となるケイト・マッキノン演じるジェスがいたチームがここですね。
 実際の番組でビル・オライリーは、9.11で父を亡くしたジェレミー・グリックという青年を自分の番組にゲストで呼んで対談したのですが、彼はアフガニスタン攻撃についてテロとは関係ないとして反対の姿勢を番組で発言しました。しかしこのことがオライリーには政治的見解と相違していて気に食わず徹底的に攻撃(意見を遮り、一方的に怒鳴ったり恫喝したり)。しかもその番組だけでなく、その後半年にわたって番組で彼を非難し続けました。一般人の青年に対して。しかも対談では言ってないことまで捏造して攻撃。そういうクズなキャスターなのですが、映画でもそのエキセントリックな性格にスタッフが戦々恐々としている様が描かれています。

このようにかなり問題のあるテレビ局なので、映画ではニコール・キッドマン演じるグレッチェンがスーパーで買い物をしている際に赤の他人に番組について文句を言われています。

そういったゴリゴリの保守系メディアの代表のようなFOXでのセクハラ騒動ですが、局の最高権力者であるCEOロジャー・エイルズをセクハラで告発したグレッチェンはそれをきっかけに女性スタッフやキャスターたちが声を上げるだろうと思っていたら、すぐには上げなかったのです。
 主人公であるシャーリーズ・セロン演じるFOXの看板キャスター、メーガン・ケリーも当初は静観します。
実はこのメーガン・ケリーはかなり野心のある女性で、過去にエイルズからセクハラを受けたことがあるにも関わらず女性である自分を局の看板番組に抜擢した彼に恩義も感じていて逡巡し、まずは誰がグレッチェンに追従したのか情報収集から動きました。
正義感よりも打算。野心ある人間のリアルな心情と、それでこそFOXの看板キャスターになっただけはあるという人物の説得力。本作が勧善懲悪のお仕置き映画と違うのはこの人物造形にあります(実在しますけどね)。
 
 社内はエイルズ擁護派と静観派に分かれることになりますが、そこにはやはり生活があり、守るべきものがあるためにFOXという監獄から抜け出したくても抜け出せない葛藤がスタッフや社員たちに見えます。
 ケイラの同僚ジェスはレズビアンで民主党支持者という、FOXで働きながらもFOXのスタンスでは反対とされている象徴のような人物として描かれてます。彼女にも生活があり、自分の思想信条とは真逆であるはずのFOXから離れることができずにいますが、それは転職しようにもFOXニュースでのキャリアは他局ではマイナスイメージのために採用されないからです。

そういった身動きのとれない女性たちが、社内で権力を握った男性に「忠誠心を見せてくれ、君にはなにができる?」と言われる恐ろしさ。

先述した「Fair&Balancedとはなにか?」とケイラが質問されるシーンでも、上司が部屋のブラインドを閉め始め、ケイラのすぐ目の前に座ります。結果としてこのシーンでは何も起きませんでしたが、かなり緊迫したシーンでした。
このシーンはある意味で男性にとってのリトマス試験紙のようです。もしかするとケイラの危機感に気づかない男性もいるのではないでしょうか。

この『スキャンダル』から強く感じるのはもちろん怒りなのですが、とてもスマートで冷静な怒りなのです。
実はそれをとても格好良く映画は描いています。
 完璧に準備をして告発に踏み切ったグレッチェン・カールソン、FOXニュース内での自分の力を自覚した上で効果的に動くメーガン・ケリー、そして映画オリジナルのキャラクター、ケイラはFOXを見限り颯爽と去っていく。
この三人がかっこいいんです!

FOXニュースという実在するテレビ局の醜聞を実名で映画にしてしまうハリウッドの凄さ(リベラルだからというのもありますが)にため息です。
そして製作者たちの覚悟と力強さ。そして女性たちの怒りと強さ。
で、この映画をプロデュースしたのがシャーリーズ・セロンという強さ!
女性はもちろん、世の管理職の男性に見て欲しい映画ですね。

ちなみに『スキャンダル』の原題は『Bombshell』
意味は「(不快に) 人を驚かす」「突発事件」と言った意味と、「魅力的(HOT)な女性」「セクシーな女性」という意味があり、この映画のタイトルとして最適な原題だと関心しました。
「HOT」は主演三人がエレベーターに乗り合わせたときにグレッチェンが言うセリフでもありますね(予告編で見られます)

鑑賞日:2020年2月26日

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2016年にアメリカで実際に起こった女性キャスターへのセクハラ騒動をシャーリーズ・セロン、ニコール・キッドマン、マーゴット・ロビーの豪華共演で映画化。アメリカで視聴率ナンバーワンを誇るテレビ局FOXニュースの元・人気キャスターのグレッチェン・カールソンが、CEOのロジャー・エイルズを提訴した。人気キャスターによるテレビ界の帝王へのスキャンダラスなニュースに、全世界のメディア界に激震が走った。FOXニュースの看板番組を担当するキャスターのメーガン・ケリーは、自身がその地位に上り詰めるまでの過去を思い返し、平静ではいられなくなっていた。そんな中、メインキャスターの座のチャンスを虎視眈々と狙う若手のケイラに、ロジャーと直接対面するチャンスがめぐってくるが……。ケリー役をセロン、カールソン役をキッドマン、ケイラ役をロビーが、ロジャー・エイルズ役をジョン・リスゴーが演じる。監督は「トランボ ハリウッドに最も嫌われた男」のジェイ・ローチ、脚本は「マネー・ショート 華麗なる大逆転」でアカデミー賞を受賞したチャールズ・ランドルフ。シャーリーズ・セロンの特殊メイクを、「ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男」でアカデミー賞を受賞したカズ・ヒロ(辻一弘)が担当し、今作でもアカデミー賞のメイクアップ&スタイリング賞を受賞した。
公開日:2020年2月21日
2019年製作/109分/G/カナダ・アメリカ合作
原題:Bombshell
配給:ギャガ



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