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「横笛」(当初「不器用」)

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#創作作品

横笛⑤

横笛⑤

 結局、二人の再会は叶わず、涙に暮れたまま横笛は往生院を後にした。 
 滝口はその後ろ姿を見届けながら、使いの者を呼んだ。
「ここ、往生院では世離れした静けさの中、勤行することが出来ていました。ですが、こうして彼女に今の住まいを見られてしまいました。今回こそ、自分の想いを抑えることが出来ましたが、次彼女がやって来た暁には、遁世者の戒めを破ることになりかねません。ですので、ここを離れることにいたしま

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横笛④

横笛④

 宮中の外に出るのは出仕し始めの頃以来であった。
 春なりはじめの梅津の里、横目に見つつ、過ぎてゆく。梅の香りも今はただ、慰みにさえ、つゆならず。二人で見ていた月明かり、今は一人で眺め行く。桂の川の水面月、何故かぼやけて朧気で。大堰の川に行き着けば、流れる水は涙のよう。並々ではない恋煩い、一体誰のせいだろう・・・・・・。
 横笛は何とか嵯峨の山に着いた。往生院とは聞いたものの、どこの坊とも分からな

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横笛③

横笛③

 その頃横笛は、今日も今日とて宮中で忙しく働いていた。
 滝口が悄然れていたあの日以来、横笛は片時も彼の事を忘れずに待ち続けていた。だが、彼がやって来る気配は一塵も無かった。
 ――悄然れていたし、身の上に何かあったのではないか。いや、もしかしたら違う女の人のもとへ行かれたのかもしれないわ。いやいや、あれだけ一途に私の事を思ってくださって、言葉にもしてくださったのだから、それはないわ。でも――。横

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横笛②

横笛②

 翌朝、滝口は身なりをいつも以上に整えて出仕した。遠目に見える帝の竜顔や、同じ詰所で勤める同僚の顔を見て、涙が数行流れた。
 無事に最後の仕事を終え、その日の夜も横笛のもとへと向かった。彼女はいつもの通り部屋に迎え入れ、今日あった事を語る。滝口は笑顔で返事をするが、朝から別の事に頭が捕らわれていて話が殆ど入ってこなかった。
 別の事、とは、昨日の父の勘当に関しての事だった。彼は、想い人と添い遂げら

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横笛①

横笛①

 高野の山には金剛峯寺という、弘法大師が開いた真言宗の総本家たる寺がある。そこに、頬はこけ、手足は牛蒡のように痩せ細った、あらまほしき一人の僧が修行をしている。
 彼の名を、滝口時頼という。彼は今や人々から「高野聖」と呼ばれ、尊ばれている。何も、最初からこのような呼ばれ方をしていたわけではない。そこには深い所以があるのである。

 滝口は遁世前、宮中の警備役として出仕していた。あの平治の乱の立役者

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