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☆88「人生とはロケとロケハンである」

そもそも僕は人生は、ロケとロケハンしかないと思っていて、つまりロケ=ロケーション撮影という本番をどこでするかというリサーチの旅が、ロケハン=ロケーションハンティングとなります。
実際ロケで撮影しても、一度でうまくいかなければテイク1、テイク2と撮影を重ねます(僕は最高でテイク16したことがあります)。さらに言えば、そこまで苦労を重ねて撮ったいい映像も、のちの編集段階でカットされる場合も多々です。そのカットの理由はそれこそ様々です。いいシーンでも、全体時間がオーバーしていれば泣く泣くカットですし、そのシーン自体はいいシーンでも、番組全体で話をまとめたならば、結果いらないシーンだったりすることもあるからです。
この人生の瞬間瞬間のロケ(本番)が、想定通りにはいかず失敗することも多いですし、そのロケの瞬間は楽しかったとしても、あとで振り返ったら余分だった、意味がなかったと後悔することって、皆さんの人生でも経験されることが多いと思います。
なので、そういう失敗や後悔の可能性を少なくするためにも、僕らテレビスタッフはロケハンを入念にするのです。どこで撮ると美しい映像が撮れるか?そのためにはどこにカメラを配置すればいいか?照明はどこに配置するか?その照明の電源はどこから取るか?出演者はどこから入ってくるか?入り方は?板付か?どこへ出ていくのか?終わり方は?・・・等々の撮影本体にかかわるリサーチから、そこまでどういう経路と交通手段で向かうか?時間はどれくらいかかるか?どんな人と出会うか?何を食べるか?どこに泊まるか?費用は?・・・等々、あらゆるロケ(本番)のためのリサーチとシミュレーションがまさにロケハンなのです。
さらに言えばロケハンとは、ロケ本番が決まっているから準備のためにする行為だけではなく、まだロケが決まっていなくてもそのロケに使えるだろうアイデア探しとしても存在していると僕は思っています。
例えば休みの日にある温泉地に泊まりに行って、いい宿や美味しい料理に出会ったりすると、「今度紹介する番組を作ることになったら、この旅館とこの料理を紹介させていただこう!」とか常日頃考えています。何か新しい行楽地やスポーツ、娯楽などを体験しても、「今度これ番組の企画にできないかな?」って思いますし、映画を見ても美術館に行っても、誰かと話しても、それが次のロケにつながるのです。つまりロケハンとはアイデアのハンティング、アイデアの源泉探索だとも言えます。

これを僕らの人生と捉えてみると、ロケというアウトプットとロケハンというインプットを繰り返しているのが、まさに人生なのです。
なので、人生の日々の行動は、どこまでがロケハン(リサーチ)で、どこからがいざロケ(本番)なのかの違いしかなく、その本番のロケを上手く実りあるものにするべき行為、準備、リサーチ、アイデア出しが、それこそ日々のロケハンなのです。

僕が考える地理思考とは、つまり、ロケハン段階でそういう様々な外部環境に自分を接触させて、そこからくるインスピレーションが、次第に具現化されて実際に実行するロケがくる。さらにそのロケをうまくやるために、入念にロケハンという下準備をするという行為を導く際の思考法だとも言えます。
何かまわりの環境と自分が触れた時に、その環境をどう感じるか?どう体験したか?どうその後の自分が影響されたか?そしてそれが自分の人生を作っていき、やがてそれが自分の周辺や社会や世界、つまり環境にまで影響していく・・・情報と体験のフィードバックを自分と環境の間でインタラクティブに繰り返すことが、自分の人生の達成感や充実度を増すことなのだと思うのです。

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バラエティプロデューサー/文化資源学研究者(東大M1)/著書「読書をプロデュース」「出世のススメ」「本音で語るは武器になる」「人生が変わるすごい地理」「運の技術」「好きなことだけやって生きていくという提案」「最速で身につく世界史」「人間関係分析学カテゴライズド」他/ツッカム正剛