やさしい人柄

田舎の一角にある小さな町医者。そこの院長は忙しくても患者への思いやりを忘れない。

「次の方、どうされましたか」
「先生、足をぶつけてしまって」
「あら、これは痛かったですね。」

お年寄りは少し腫れ上がった足をついでのように見せながら、歳を取ると怪我をしやすくなるだとか、息子夫婦が冷たいだとかを診察時間に詰め込むように垂れ流した。

先生は邪険にせずにこやかに「うん、うん」と頷いている。

「先生、ありがとうございました。本当に素晴らしいお医者様、またお会いしたいわ」

どの患者もホクホクとした顔で診察室をあとにする。

「診察に関係のない話は聞かなくても良いのでは?」看護師はあきれ顔。

そんなとき、院長は決まってこう言った。

「僕はね、身体だけでなく心まで癒せる医者になりたいんだよ。病は気からと言うしね、それも治療の一環だと思っているんだ」

その病院は他に比べて待ち時間が長いが、それでも町一番の人気を誇っていた。

ある日の晩、院長は眉間に皺を寄せてたくさんのカルテを読み返していた。

「これは…」

次の日から、院長の態度が激変した。

「先生、うちの子また外で怪我をつくってきて…」
「監督不行き届きだろう!どうしてちゃんと見ていないんだ!」

いつもの穏やかな態度は消え、「関係ない話はするな!」と患者たちを一蹴した。

その噂はたちまち広まり、病院は一瞬で閑古鳥が鳴くほど不人気に。

「院長、どうしちゃったんですか。あんなにも穏やかで優しかったのに」
看護師はあまりの急変に狼狽えた。

「患者さんは皆、『また会いたい』という。私のせいだったんだ」

院長は深いため息をついて看護師にカルテの束を差し出した。

患者A 風邪、足の打撲、指の受傷
患者B 目の痛み、頭部外傷、膝の打撲
患者C 喉の違和感
患者C息子 手首の受傷、足の打撲、薬の誤服用…

それにはとても丁寧にその日の様子が記載されており、患者と真摯に向き合っていることがよくわかった。

「素晴らしいカルテではないですか。患者がまた会いたいと言うのは信頼の証でしょう」
その言葉に院長はまた、深いため息をついた。

「私に会いにくるには何がないといけない?」
「え、保険証、ですか…?」

「『病気か怪我』だよ。あとはもうわかるね?」

看護師は青ざめながらカルテを見返した。
怪我で受診を繰り返す高齢者、怪我ばかりする無口な息子とよく喋る母親。飲み薬の量をいつも間違える高校生…


それから町医者は風邪などの初診患者を相変わらずぶっきらぼうに診察していた。

怪我ばかりして親に連れられていた子が、怪我のないきれいな身体で病院の前をかけていった。


星新一、「やさしい性格」オマージュです。
病院が高齢者でごった返すのはこういう理由かも、なんて

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