山形湯けむり物語

徒歩移動に絶望したものの、なんと蔵王山の反対側はもう山形県らしい。ラッキー

うんとこしょどっこいしょと歩き、御釜到着。
本来これを観てからピザを頼み感動するところだが、ピザを先に食べてしまったので「うわ、でっかいピザだ」と感想がピザに寄ってしまった。火口湖が黄色ければ完璧だな。

そうそうこの蔵王山、宮城と山形に跨っているらしい。お互い自分の県の観光地だと対抗心ばちばちなんだろう。あと先ほどまで適当に「くらおう」なんて読んでいたが「ざおう」らしい。口に出す前に学べてよかった。

よし、あとは降るだけ。そんなときにはこれ

し〜ば〜す〜べ〜り〜の〜や〜つぅ〜
(CV:大山のぶ代)

これでもう座っていれば山形だ。楽勝楽勝
カロリー消費のためという名目はすっかり忘れ、私はヒップスライダーに跨った。いざ!

いたたたたたた、いたい!坐骨が!坐骨がなくなる!岩ヤメテ!痛い痛い!

おしりが半分くらいなくなったところで山形県に到着。やばい、今日は山形が主役なのに到着までに400字も使ってしまった。「山形か〜、ノらないなー文字数稼ぐか〜」とかではないまじで

山形といえばさくらんぼ。ちなみに「あーたしさくらんぼ〜」でお馴染み大塚愛さんはゴリゴリの大阪府民である。

青森よろしく県民がさくらんぼ狂だったらどうしようとビクビクしていたが皆至って普通。1割くらいの割合で二足歩行の牛が紛れている以外はなんの変哲もない街だ。山形牛かな、美味しそう

いつも食べてばかりな私もさすがに胃もたれ&疲労困憊で今は食より休息がほしい。山形には肘折温泉という物騒な名前の温泉があるらしいので今回のメインはそこにしよう。

幸い山形には電波が通っていたので、Googleで検索。引くほど遠いので今回は諦める。所詮は温泉、地下は繋がっているんだからこの近辺のフランチャイズ温泉でも似たようなもんだろう。

『蔵王山 近く 温泉』

お、蔵王温泉なんてのがあるじゃないか。肘も折られなさそうだしキミに決めた。レッツゴー

入り口は…え?神社?
本当に驚きだが、神社と温泉が融合している。そこを組み合わせてしまうともう完全に神へ生贄に出される前の禊じゃないか。

このご時世生贄にされるなんてことはまあないだろうと思いつつ、生まれたての子鹿のように震える足で奥へ進んだ。

「いらっしゃいませ」

愛想の良い従業員さんの笑顔すら「鴨がネギを背負ってきた」と言われているような気分になる。

温泉は蔵王山の火口湖を彷彿とさせる乳白色。「姫の湯」とも呼ばれるほど美肌効果があり、肌を白く美しくしてくれるとか。硫黄の香りが立ち込める露天風呂は、これぞ旅行!といった気分にさせてくれる。

はぁ〜気持ち良い。とぅるとぅるゆでたまご肌になっちゃう。先ほどまでの恐怖は忘れ、この後のふかふかお布団と山形牛懐石料理に想いを馳せながら静かに目を閉じ温泉を堪能した。

身体も芯から温まったところで、宿泊と懐石の予約をしようとフロントに向かうと、従業員さん一同が一斉にこちらを見た。

奥から出てきた女将は恭しくお辞儀をし、私の両手を包み込むように握り微笑む。

「おめでとうございますお客様。   様がお客様をお気に召されたようで、手厚くもてなすようにと仰せつかりました。本日宿代お食事代入湯料すべて無料でお楽しみいただけます。」

こわいこわいこわい。なに、なんで名前のところだけ聞き取れないの?52ヘルツのクジラなの?絶対やばいやつじゃん

「お、お気持ちだけ…先を急ぐので…」

女将はその言葉を聞くと、あからさまにがっくりと肩を落とした。周りを見渡すと、こちらを睨みつける人や、目に涙を溜めている人すらいる。

「左様ですか。残念でございます。   様が大層お喜びになられておりましたのに…」

こわいよ。ふかふかお布団も山形牛も諦め、お会計を済ませてから爆速で宿を後にした。
いやあでも温泉気持ちよかったし、ただの好意だったら勿体無いことしたな…山形牛…


やはり名残惜しくなり振り返るとそこには、がらんとした空き地にひとつ、古い祠がポツンと建っているだけ。唖然と立ち尽くす私の髪からはポタポタと雫が垂れ、静かに肩を濡らした。



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