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2014.06.25 / 胡蝶蘭の花言葉 _ 1

学生時代から写真を撮りためていた。
あまり友達付き合いがうまくない自分にとって、首からカメラを下げてるだけで手持ち無沙汰ではなくなるので自然と心強かった。

行く先々での風景や、植物などを最初は撮っていたが
こんな無口な自分にも彼女が出来、彼女を撮り続けていた事もあった。
そんなに美人ではなかったけど、画になる女性だった。

仕事は、レストランでのキッチン。
カメラとは無縁。
でも、盛りつけ方とか提供の仕方などにはこだわりを一応持ってて、
そこに美学を感じるのは カメラと少し通じるものがあるのかな、なんても思う。

休日は、撮影しに出向く事も昔はあったが
今ではカメラを持ち出す事も無いに等しい。

周りを見渡すと、そこそこ結婚し始めていて
自分はというと、結婚式のカメラマンを頼まれるばかり。

「カメラマンとしてさ〜写真撮ってたら、声かけられるから!彼女探しにもいいじゃん!ね?」

これが、頼む時のうたい文句だ。

先日、自分の働くレストランが入ってるビルが工事期間に入るとかで
2ヶ月先のその期間だけ、休みが出来ることになった。
他の店舗へヘルプとして行ってもいいが、「お休みします」と真っ先にオーナーへ伝えた。

お休みします、とは言ったものの
2ヶ月も先だし 勿論これといった予定もない。

いつまでも心に残る、この吹っ切れない感じ。
梅雨がずっと続いているような 少し重くて退屈な空気。

これまで、自分の年齢は気にした事が無かった。
だけど、20代を過ぎ、周りも生活が彩り始めているのがあちらこちらで耳に入る。
俺の“梅雨”とは、対照的すぎる。

いつものように、午前の遅い時間に目を覚まし八百屋へ立ち寄る。
ギリギリ午前中、というくくりなので罪悪感は持たないようにしている。

「ちわ〜〜〜〜っ」

「今日も暑いなぁ、んなぁ?」

「そうですね」

「お、なんだ、夏バテか?」

「いえいえ、普段通りですよ」

「今日はね、山形産のさくらんぼが入ってきて 真っ赤で甘くて美味しいよ〜
 さくらんぼ、好きか?んなぁ?」

「いいですね、さくらんぼ」

「メニューにするには難しいか。真っ赤で可愛いのによぉ〜、んなぁ?」

「そうですね」


ーねぇ、この口紅可愛い?

「近寄んなよ。Tシャツに付くだろ」

ーひどぉい、また眉間にしわ寄ってるよ

「口、ピエロみたいだな」

ーなにそれぇ 可愛いってさぁ、一言いえばいいだけの話なのに。「真っ赤で似合ってて可愛いね」ってさ

「邪魔するようだったら、俺一人で集中したいんだけど」

ーそんな言い方してたら、“独り”になっちゃうんだからね

「はい、はい」


彼女の言った通りになった。
自分の心を映すのに使っていたカメラに依存し、夢中になり過ぎて、
あの頃の自分はちょっと変だった。

別に、カメラの仕事もしてないし 撮るように言われたわけでもないのに
締め切りに追われたように カメラを握ると俺はイライラしていた。
そして気がつけば、カメラからも離れていた。
違う。カメラが自分から離れていったんだ。
彼女も同じ、か。

「おはよう〜ございます〜」

「シェフ!おはようございます!今日は少し遅かったですね?」

「これ、買って来たから食べよう」

「え!なんですか?」

「さくらんぼだって、好き?」

「箱に入ってる!すごーーい!どうしたんですか?」

「八百屋のおじさんが買え買えうるさくてさ」

「あはは!あそこのおじさん、気に入ったのがあると凄いですもんね。私もこの間、違う人にドリアン売りつけてるの見ました!俺が仕入れたのは臭くねぇ〜んだよ、おくさん!とか言って」

「ほんとに?!さくらんぼで良かったね。」

「あはは、本当ですね あ、いまお皿持ってきますね」

そういって、無数のさくらんぼを箱からお皿に取り出し、さっと水洗いをすると
嬉しそうに後輩は食べ始めた。

小さな赤い実を口に運び、唇をつぼめたようにして食べる。

「あま〜〜い!」

嬉しそうにして、口に集中するようにして種を出した。

ーねぇ、キスして?

彼女を思い出した。
今、なにをしてるだろうか。
そしてこの呪いのような記憶は、どこまで続くのだろうか。

お休みの日が近づいてゆく。
今日は、久しぶりに 同級生の昌也に会う。会うと言っても、おきまりのアレだ。

「結婚、おめでとう」

「お前からそんなん言われるとはな。俺らも大人になったって事よ」

「で、話は?」

「そんな冷たく言わないでくれよ。お前の大好きな、結婚式のカメラマンの依頼だよ」

「だと思ったよ」

「とりあえずさ、乾杯しようぜ」

年齢が一桁の時から知ってる相手と、こうしてビールなんて飲んでると時間は進んでるんだと感じられる。ましてや、昌也が結婚だなんて。

「俺さ、断る」

「は??嘘だろ、この間の飯塚ん時、カメラマンやってただろ」

「うん、そうなんだけど…」

「飯塚なんて、奥さんが可愛かったから行っただけだろ?俺の依頼は、お前に撮ってほしいから言ってんだぜ」

「分かる、いや、分かるんだけど 今の俺には無理だ。」

「仕事が忙しいのか?」

「いや、違う」

「自分の持って行くのが面倒だったら、あっちで用意させる事も出来るから」

「いや、そうじゃなくて」

「じゃあなんだよ」

「思い出すから、嫌なんだよ」

「は?」

「ナツコの事」

「ナツコ?」

「カメラ持つと、イライラしてた自分を思い出すのも嫌だし、ナツコが何してるとか考えんだよ。特に最近は、ほんと自分でもヤバいと思う。」

「・・・」

フレアースカートを履いて、くるくる回る姿
さっきお茶したばかりなのに「おやつ何食べる?」と聞いてくる所
氷をガリガリ噛む音、髪先を触る癖、「なぁに?」と甘ったるい声

「・・・ 本当に申し訳ないけど、出来ない」

「今更どうしたんだよ、もう何年も前だろ」

「うん」

「20代の頃の話だろ、それ ガキだったころの」

「忘れてたっつうか、考えないようにしてたんだけど なんか。ごめん、面白くないよなコノ話」

「いや、お前のそういう話 初めて聞くよ」

「ごめん、いいよいいよ やめよ」

自分が自分で無くなってゆくのが分かる
蝕まれてゆく 麗しい過去なのだろうか
その過去を味方に出来なかった俺は、どう自分を信じて進めばいいのか
それすらもよく分からない

もう32にもなるのに、何をしているのかすら それはもう さっぱり


けだるい朝。
いつから付いてるのか分からない扇風機も、けだるそうに回る。
蒸し暑くて、爽やかさなどひとつもないこの部屋。

ーまだ起きないの?
ーもう ずっと待ってるのに〜
ー外はね、いい天気なんだよ。ほら、起きてよ

閉じてた目を目一杯見開いて、部屋に差し込む光と目が合う。

またか。
また夢か。
また俺は、ナツコの夢を見たのか。
心に雲がかかる。大きくて、灰色の雲。
敗北感と言うか、けだるさのせいなのか。
なぜまた、思い出すのかと自分を攻めたくなる。
布団をかぶって、目は覚めてるのに寝たフリをした。

お店は今日から休みに入った。
昨日は、食材をどうするのかとか お客さんへの連絡などで大忙し。
スケジューリングの悪い店長のおかげで、おおよその食材を引き取ることになった。一人なのに、こんな食べるわけないじゃん って、口元がにやつきつつ、さまざまな食材を冷蔵庫に入れて昨日は寝た。


ピーンポーン

ピーンポーーン


居留守を使っても、何度もインターフォンが鳴る。
かぶってた布団をゆっくり取り、そーっと音を立てないようにドアのミラーを覗き込む。

そこには、さくらんぼを美味しそうに食べてた後輩の姿。

「え、はっ、はいっ」
だらしないパンツ姿に、汗を吸い込んだくたくたのTシャツ姿の俺。
「ちょっと、そこで待ってて」
先輩なのに、さすがにヤバイだろうととっさに声をかけた。同時に、このあとどうするんだ?と疑問を浮かべる自分も居た。

パジャマから『それなりのパジャマ』に着替え、ドアノブに手をかける。


「ごめん、お待たせ どうした?」

「すいません..突然、お部屋の前まで来てしまって..あのぉ..」

彼女は、ぎっしり何かが入ったスーパーの袋を手に持っていた。

「実は、てっ、店長が先輩ん家に食材いっぱいあげたから絶対食べきれないし何か作ってやれって連絡があって、具材だけしか無かったから主食と言うか、具材に合うような食材を私なりに買って来てみたんですけど、住所もオーナーが教えてくれて、行けって聞かなくて!」

はぁ、はぁ と荒い息づかいで 重たい袋に手先は赤く、額に汗をかいてるのが分かった。

「ごめんね、気を遣わせてしまって」

「あっ、飲み物もあります!
....あ、すみません。わたしこそ、突然...引きますよね..」

「ううん、暑いよね、なか。。入れば?」

「いいんですか!やった!おじゃましま〜す!」

そう言うしかなかった。
さっきの表情とはうって変わって、スーパーのレジ袋は俺に渡し軽快なステップで部屋に入る。

彼女の着てきたワンピースの花柄が、さっきまでのけだるそうな部屋を一気に明るくしてくれた。
そう言われてみると、彼女の私服姿はあまり見た事がなかった。
ワンピースとか着るんだぁ〜 だなんて、日光でよく見える彼女を想った自分が居た。

〜つづく〜

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