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飲み口前後百景 2022/11/20

日記

・墓へ。

・冬の墓と夏の墓って雰囲気が変わるかと思いきや全然変わらない。墓は墓。ずっと灰色。

・墓前に缶の飲み物をお供えするとき、飲み口を墓石側に向けるべきなのか、参拝者側に向けるべきなのかいつも悩む。なんとなく墓石の前にオーバーレイ状態で故人がいて、参拝者と向かい合っているようなイメージを抱くから墓石側に向けてしまいがちだけど、実際は骨になって"下"にいるわけでそれは生者の勝手な妄想にすぎない。そうなると死者のことは気にせず、墓全体の見栄えを考えて参拝者側に向けるべきなのか。

・いや、でもやっぱりイメージ通り、墓石と重なるように立っているのが正解だったら、「礼儀がなっとらん!」と激怒した先祖が祟ってくるかもしれない。善意で参りに来ている人間を祟る側にも問題がある気がするけど、先祖たちだって一枚岩ではない。そういう妙に礼儀に厳しい人がいる可能性は考慮すべきだろう。

・これってアンケートとって調査したら、なんか日本人の宗教観とか死生観とか、そういう真面目な論文にならないかな。誰かやってくれ。そして答えを出してくれ。



・昨日の牡蠣をちゃんとフライにして祖父母の家へ持っていった。自分の分を残しておくのを忘れたので、私は1つも食べられなかった。

・悔しい!!!!!!!!!!

・俳人のせきしろとピースの又吉直樹が出した『カキフライが無いなら来なかった』という自由律俳句集が小学生のとき学級文庫に入っていて、未だにカキフライを見るたびこのタイトル(句)を思い出す。それだけならまだいいけど、たまにそれを口に出してしまうときもあって、はい?という顔をされる。

・なんだかんだ自分が一番反芻している俳句って、「閑さや〜」でも「咳をしても〜」でもなくて、その「カキフライが無いなら来なかった」かも。中は読んでいなからどんな意味なのかは知らないけど。


・祖父母の家へ向かう車の中で、家族と「誰も死なないし誰も生まれない世界」になったらどうする!?と話していた。減りも増えもせず、永遠に固定メンバーのままこの世が進んでいくとしたら。

・私は割と良い世界になるんじゃないかと思っていたけど、兄は絶対に碌でもない世界になると断言していた。悪政を敷く独裁者とかが突発的な死によって葬られる可能性が消えたりする一方で、アインシュタインみたいな人がいつまでも新たな技術をもたらしてくれて、科学的発展がどこまでも進んでいくかもしれない。逆に、子どもが生まれないと未来への希望がなくなって文化の発展はストップするかもしれない。あと、少子化や人口爆発なんかは問題でなくなる。子どもが生まれなくなるので、「生産性」を理由に差別されることもない。

・もっと日常的なことに目をあててみると、家族や友人と死で分かたれることなくいつまでも一緒にいられる。でも、会社の嫌な上司は絶対に死なないし、どんなに辛い状態でも自死で全てを終わらせることはできなくなる。あと、これはレギュレーションをどうするかで変わるけど、「いつまでも絶対に終わらない介護」という事象も起こり得る。

・不老不死って1人だと『火の鳥』の未来編みたいになってキツそうだけど、地球人全員がそうなら、意外と楽しい気がするんだけどな……。どうだろう。友人と喧嘩とかしても、さすがに1万年経てばどうでもよくなって、仲直りできるかもしれないし(「時間が解決する」の究極版だ)。

・私は、「誰も死なないし誰も生まれない世界」にするボタン(取り消し不可)を目の差し出されたら、押してしまうかもしれない。なんか楽しそうなので……。




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