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牡ッ蠣ー&翼 2024/03/24

日記

・あ、ちょっと爪を切ろうかな……。

・切った。


・今年最後のオイスターシスターズを使って母がカキフライを作ってくれた。半分はこうしてフライで食べ、もう半分は生で食べた。どうしてこんなにうまいんや……。このおいしさを前にしたら中る心配なんてできない。

・数年来ずっと牡蠣小屋に行きたいなぁと思っているのだけど、なかなか機会がない。8年くらい前に一度だけ渋谷パルコにあった牡蠣小屋へ行ったけど、その直後に改装で潰れてしまった。たしか、牡蠣小屋がブームになったのもその頃だった気がする。ただ指を咥えてそれを眺めていた私の牡蠣小屋ブームはまだ始まってもない。バカヤロー、まだ始まっちゃいねーよ。


・『aftersun/アフターサン』を観た。

・11歳の夏休み。ソフィーは普段は離れて暮らす父と二人でトルコのリゾートに泊まっていた。背中に日焼け止めを塗り合い、プールで泳ぎ、ビリヤードをして、冗談を言いながらディナーを食べる。そして、その様子をビデオカメラで記録する二人。20年後、31歳になったソフィーはそのビデオを再生し、父と過ごしたあの夏の記録と記憶を辿る……というおはなし。

・これといった事件もなく何気ない親子の時間をただ映している作品だから、正直観ている最中はピンとこなかった。映像が綺麗だなぁとか親子の関係性が良いなぁ程度しか思わず、ラストも「あ、終わった……」と投げ出されたような感覚を味わったのだけど、観終わってからジワジワと胸に何かが迫ってきた。

・「20年後の娘が録画を再生している」という設定ではあるものの、"映像には映らなかったもの"の答え合わせがあるわけではない。観ていて感じるザワザワの正体は描かれず終わる。でも、ざらりとした"終わり"の感覚はどんどん強くなっていく。最後まで観終わり、数十分ほどしてから映画のワンシーンワンシーンを思い返して、「あの時お父さんは何を思っていたんだろう」とか「あの時あんな言葉をかけていたら……?」とかいろんなことを考えるようになった。終わってからゆっくりと少しずつ、20年前の父の姿をビデオで見るソフィーと、その記憶に同期していった気がする。ソフィーは大人びていたけど、やっぱりまだ子どもだったんだよな……とか、手の届かなかったことについて思うと胸が締め付けられる。

・その一方で、お父さんと一緒に強い陽射しの下で過ごした夏の数日間の楽しさや美しさは本物で、ビデオに残った映像が嘘だったことにはならないんだよな……。もっと歳をとってから観直したら、しばらく立ち直れなくなりそうでもあるし、私は今と変わらずサラッと観られてしまいそうでもある。かなり観客の人生と固着するタイプの映画だと思う。

・あと、ブラウン管テレビの画面など何かに反射して親子の姿が映されるカット多かったのが映像的に印象深かったな。なんかこう、手が届かない領域という感じもあり、その反射の先にある写像としての今を示唆しているようでもあり……。


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