電車で出会った80歳のおばあちゃん
昨日、私はささやかな幸せを貰った。
私は最寄り駅からモノレールを使って通勤している。
私の最寄り駅は東京の中でも田舎の中の田舎なので、いつも終点(出発地点)から乗車する。
そして本当の終点、西日暮里まで乗っていく。その所要時間は、だいたい20分くらいだ。
いつものように音楽を聴こうと思い、ワイヤレスイヤホンの電源をつけた。
今日は時間にあまり余裕がなく、少しでも進めなければいけない仕事があった。ほんのわずかなモノレールの乗車時間でも、私はPC作業をしたかった。
PCをカバンの中から取り出そうとしたその瞬間、見知らぬおばあちゃんが、私に何か必死で話しかけてきていることに気がついた。
私は急いでつけているイヤホンを取り外し、おばあちゃんの問いに耳を傾けた。
「この電車は熊野前駅は止まります?」
「止まりますよ」
「そう、ああ良かった」
と言ってそのおばあちゃんは、ゆっくりと歩き、一つ席を空けて私の隣の隣に座った。
モノレールが出発地点から出発したその後も、おばあちゃんは話しかけてきた。
「私もう80なの。実家が福島なんだけどね。今帰ってもしょうがないでしょう。……なんだからね、ほんとに」
モノレールの音が邪魔してところどころ聞こえなかった。でもおばあちゃんに身寄りがいないことだけはわかった。
その後もおばあちゃんの話は続いた。
旦那さんはずっと前に他界してしまい、兄弟も亡くなってしまったらしい。息子がいるけれど、80歳になった今でも洗濯物を預けられて大変だと嘆いていた。
私は正直、恥ずかしかった。
駅が進むに連れて乗車する人は増えるけれど、話しかけられるのは一向に私だけ。私の隣の席は一応空いているのに、誰も座ってこない。
早くやらなきゃいけないことがあるのに……
そう思いながらもおばあちゃんをムゲにすることはできず、おばあちゃんを手招きして隣の席に座らせた。ときどき話を聞いているフリをしたけれど、話しかけてきた時には頷きながら耳を傾けた。
とうとう、私はPCを開いた。
するとおばあちゃんは、「今はきれいね」と言ってきた。
「あはは、そうですよね。でも高いんですよ」
「そうだろうねぇ。お金出す人は困っちゃうよねぇ」
「だいたい15万円くらいですよ。あ、一応これ私が自分で払ったんです」
15分くらいして、おばあちゃんが乗り換える駅、熊野前に着く一駅手前に到着した。乗り過ごさないようにと、念には念を入れているのかおばあちゃんは手すりに掴まりながら、立ち上がった。
その時、おばあちゃんは私にこう言った。
「今日はあなたみたいな良い人に出会えて幸せよ。ありがとね。この歳になると、もう誰とも話すこともないから」
「暑いから気をつけてくださいね」
私はその時だけは、おばあちゃんの目を逸らさずにちゃんと見ようと思った。
少し切なさが残った。おばあちゃんが言うほど私は「良い人」なんかではなかった。私は、少しでもおばあちゃんに誠実でなかった自分に罪悪感を感じた。
聞こえないからと言ってただ頷くだけじゃなくて、ちゃんと聞き直しておばあちゃんと会話のキャッチボールをすればよかった。
名前すら知らないおばあちゃん。
きっとこのnoteをあのおばあちゃんが読むことは一生ないかもしれない。
けれど、あなたの気づかないところで、ささやかな幸せをあなたは色んな人に届けたんですよ。
そんな風に、閉じこもっていたおばあちゃんの「まっすぐな心」を届ける役目を、私が担いたいと思った。
自分が80歳になる頃、あのおばあちゃんと同じように毎日1人で生きていかないといけない日々が、いつかは来るかもしれない。
その時にあんな風に、ささやかなことでも幸せに感じることができて、しかもそれを素直にちゃんと相手に伝えることができる。そんな人でいられるかな。
今でさえそんなことができているかな。できている人、いるかな。
でも、そんな人間でありたいな、と、じんと感じた、ささやかな朝のひと時だった。
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