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あなどるなかれ、車内アナウンス。

電車やバスのアナウンスには、意外にも個人の特徴がよく表れている。

実は、聞き馴染みのある車内アナウンスには、決まり切った文言がないらしい。「駆け込み乗車はおやめください」「次は新宿に停まります」など、各社ある程度「伝えるべき情報」の定型や例文はあると思うけれど、一言一句すべて同じである必要はないというのだ。
 

私が学生時代にアルバイトをしていた全国展開系の飲食店では、最初の挨拶からオーダーの確認方法まで細かくマニュアル化されていたため、最初にそれを知ったときは「本当にそうなのか?」と少々疑いを持った。でも、改めて車内アナウンスに耳を傾けると、なるほど確かに人によって言い方が少しずつ違う。
 
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在来線は、誰かが駆け込み乗車をしたときなど違いが出やすいように思う。

電車が遅れ気味の際に駆け込み乗車をする人が続くと「駆け込み乗車はしないでくださァい!」と、少々の苛立ちや焦りを感じる声が聞こえてきたりする。平時なら「列車の進行の妨げになりますので」と添える人がいれば「危険ですので」と言う人もいて、細かいけれど同じ路線・駅でも少しずつ言葉が違うのだ。
 
以前、箱根へ旅行に行ったときに乗ったローカル線は、たったの一往復でずいぶんと違いを感じた。行きは窓から見える景色の紹介や歴史の解説をずっとリズミカルにしてくれて、「名物車掌さんか!?」と思うほどアナウンスが賑やかだった。対して、帰りはすべて録音アナウンス。どちらに乗車するのが快適かは乗客の好みによるだろうけれど(言語対応等の事情もあるだろうし)、同じ路線でもこれだけの違いがあるのは、乗車の醍醐味と言ってもいいと思う。
 
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日常生活で乗る在来線、旅先で利用するローカル線、出張で活用する特急列車……全国さまざまな電車やバスを利用してきた私だけど、中でも印象的なのは、東海道新幹線だ。
 
地元が大阪なこともあり、私が人生で最も利用している新幹線乗車区間は東京駅―新大阪駅だ。(正確には品川駅や新横浜駅で降りる場合も多いけれど)帰省の際はほぼ必ず、東京駅、品川駅、新横浜駅の次は名古屋駅までバビュンする「のぞみ」を利用する。
 
新横浜駅を発った後は1時間以上乗客の変動がないため、「のぞみ」の乗客はこの間かなりリラックスしている印象がある。「さあ、しばらくゆっくりできるぞ」と思ったおよそ十数分後、不定期に「みなさま」と車掌さんのアナウンスが始まるときがある。
 

富士山だ。

 
よく晴れた日などに「雲ひとつない青空で富士山が見られるのは非常に珍しいです」と伝えてくれる人や、「今日は正に絶景の撮影日よりです」と教えてくれる人がいる。初雪の時期か雪溶けの時期か、夏場なのか季節によっても内容が少しずつ違う。詳細が気になって調べたところ、富士山に関するアナウンスのタイミングや内容は、完全に車掌さんの判断で決めているそうだ。ちなみに、富士山の通過を知らせる風土はJR東海の発足時からあるらしい。
 
おもしろいのが、そのアナウンスが流れると車内のいたるところから「パシャ」「パシャ」とスマホで撮影する音が聞こえることだ。ときどき、一眼レフカメラの立派な音がするときもある。
 
さっきまでパソコンで仕事をしていた忙しそうな会社員も、ウツラウツラと眠りかけていた私服の男性も、スマホの画面に夢中な学生と思われる女性も、グリーン車に乗る企業の重役っぽい人も、旅行中のご夫婦も、親子で乗車している人も。あらゆる人がアナウンスをきっかけに富士山に目を向け、自分らしいやり方で記憶にのこす。
 
たった数秒の言葉で人の行動を変容できるのは、ある種のコピーライティングとも言えるのではないだろうか。中にはとても詩的で素敵な表現をする車掌さんもいて、つくづく、車内アナウンスは人柄や想いが出るなと感じる。東海道新幹線では、事故による大幅な遅延や豪雪による長時間の停車も過去に何度か経験しているが、そういうときのアナウンスにも配慮を感じることが多い。
 
鉄道会社で働く人の多くは、きっと「電車が好き」だ。その特性を持つ人が発するアナウンスは、比較的自由度のある区間ほどおもしろい。
 
この記事を読んでくださったみなさんも、次回電車に乗るときはアナウンスに耳を傾けてみてほしい。同じ駅から乗車しても、「おや、いつもは男性だけど今日は女性だ」「今日はなんだか新人さんっぽいな」など、ちょっとした違いに気づけると思う。そして、何だかとっても愉快なアナウンスや名物っぽいアナウンスが聞こえてきたら、ぜひ私に教えてほしい。ワクワクして乗りに行く。

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