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犬を見る人

目の前に散歩中の犬がいる。
犬種の知識は乏しいが、おそらくボーダーコリーだろうか。白黒の中型犬だ。

飼い主を伴って、我が物顔で街を歩く犬たちを見るたびにその犬種が知りたくて仕方がない。
かといって飼い主に尋ねる勇気もなく、写真を撮ってあとで検索することも考えるも、犬たちの了承も取らないまま撮影するのは気が引けた。彼らは気にしないのだろうが、普通に盗撮だしなぁと思ってしまう。犬にすら遠慮してしまう。
見かけた犬の特徴を頭の中で呪文のように繰り返して、検索ボックスに書き込む。

比較的わかりやすい犬種は一発で画像欄に出てくるが、かなり特徴が似ている犬種も当然いる。テリアであることはわかるが、それが何テリアなのかはわからずじまいだったりする。

しかし困ったことに犬種を知りたいという欲求を上回る欲求がこみ上げる。犬を撫で回したい。このパトスはもう大変にゴートゥヘブンだ。

先ほどから目の前に犬がいる。悔しくなるほどにモフモフとした尻をこちらに向けている。
平静を装うが、心の中を覗かれたら即通報されているだろう。だって尻を触ろうと考えているのだから。

よく漫画やドラマなんかで、絶世の美女を目にした登場人物が美女に目を囚われて電柱に激突する、というシチュエーションをよく見る。
実際どんな美女がいようが、セクシーな格好していようが目で追ったことがない。(ちょっと風変わりなおじさんの方が目で追っている)
だが、犬は別だ。どんなに遠かろうが確実に見つけ、すれ違ってもまだ目を離さない。おかげで側溝に足を取られて、大転倒をかましたこともある。それくらい、犬は魅力にあふれている。

横断歩道に差し掛かった。自分が目の前の犬を可愛がる様子を夢想する。目は笑っていないが、マスクの中は笑みであふれる。
「ワンッ!」
横断歩道の途中で唐突に犬が吠えた。少し横を向いてから吠えたので、真横を通る車に対しての行為のようだが…
飼い主も狼狽えたようで
「どうした?いきなり…」
と小さな声で犬に話しかけていた。

いや、待てよ。私の尋常ならざる殺気にも似たオーラに敏感に反応したのか?きっとそうだ、犬は人より感覚が鋭敏と聞くし、私に気づいたに違いない。
あれは犬なりのファンサか、それとも一喝か。何にせよ嬉しいな。私に気を向けてくれたんだから。

そんな厄介ストーカーのような気持ちで、進行方向とは別の道に曲がった犬を見送った。
残されたのは、気持ち悪い犬好きだけだった。


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