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出不精と散歩、その考察

私は無類の散歩好きといっても過言ではない。
特に好きなのは、500円玉と自宅の鍵だけ持って歩くことだ。この世の全てから解放される。何も持ってないから逆に無敵だ、無限の可能性だ。スマホすら持たないから自宅から5km離れても、迷子になりかけても気づかない。至高の無だ。

しかし留意したいのは私が出不精ということだ。
散歩好きなのに出不精、これが矛盾だ。私はこの矛盾を解き明かしたい。なぜ矛盾した属性を持ち合わせているのか?探検隊は早速アマゾンへ飛んだ――

地元に住んでいた頃は出不精だった。学校以外はもうほぼ家で過ごしていて、特に行動範囲の狭かった中学生まではその傾向は顕著だった。

だが、上京を機にその傾向はがらっと変わる。私は勇んで散歩をしに行くようになった。
地元は完全な車社会だからか、歩道の整備がちゃんとしてないことも多い。あと歩いていける範囲に、いや自転車で行ける範囲にも行きたくなるようなロケーションが無い。これは致命的だった。
対して都内は手頃な公園が多い。さらに街の構成が電車に乗って目的地の駅に行き、そこから歩いてショッピングを楽しむ、的な導線になっていることが多い。(全くそんな導線が存在しない駅もあるが)
とにかく都内の方が歩きやすく、また歩きたくなるような街ということがよくわかった。

だからといってアクティブなアウトドアになったかといえば、そんなことはない。散歩するようになっただけだ。
では散歩と外出の違いはなんなんだろう。

散歩は息抜きだ。外出は息抜きじゃない。
散歩は手ぶらでも行ける。外出は持ち物の準備がいる。
散歩は目的がない。外出は目的がある。
散歩は人混みを避けれる。外出は時として人混みを避けられない。
散歩は即興劇。外出には筋書きがある。

面倒クセェな外出。徒歩1分圏内に全てが存在してくれ。というかもう庭付きの巨大ショッピングモールに住まわせてほしい。


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