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文様礼賛 #01菱川師宣《見返り美人図》


はじめに

文様について、もんもんと考え続けて早10年。

そろそろ、日の当たらない脳内から出してあげないと腐ってしまいそうなので、noteにて日本の文様について考える連載「文様礼賛」を始めることにしました。

案内役は、2018年に出した著書のために作った梅文様の妖精「梅もん」です。
きもちわるい&衝撃のキャラデザ、と言われたこともあるのですが、愛着が湧いているので、使います。

筧菜奈子『日本の文様解剖図鑑』エクスナレッジ、2018年


文様とは?


さて皆さん、文様というとどんな形が思い浮かびますか?

実は、日本は文様大国なのです。平安の頃より、独自の文様がたくさん生み出されてきました。
たとえば、「」「千鳥」「」などの文様は、平安時代に生み出された日本独自の文様です。

普段何気なく目にする文様ですが、実は1000年を超える歴史を持っていたりする。



文様と模様はどう違うの?とお思いになる方もいるかもしれません。

色々な解釈はありますが、文様は模様の中でも、何か特別な意味を表すもの、と考えます。

たとえば、

  • 桜文様は春や豊作祈願を表し

  • 千鳥文様は秋や哀愁を

  • 松文様は長寿を表す

と言った具合にです。
昔の日本の人びとは、季節や祈りに合わせて、文様を選んでいたのですね。

しかし……
明治時代以降、西洋文化が大量に流入したこと&装飾を廃したモダンデザインの流行によって、伝統的な文様が日常の中で使われる機会は、めっきりと減ってしまいました。


そこで!

日本の文様の素晴らしさを、あらためて噛み締めるべく、絵画や建築、工芸につけられている文様の魅力について考える連載をしたいと思います。

菱川師宣《見返り美人図》の魅力とは?

前置きが長くなりました。
今回考えたい文様は、こちら作品です。

菱川師宣《見返り美人図》17世紀

言わずと知られた 江戸時代の傑作ですが、この作品を傑作たらしめている要因のひとつに、実は文様が深く関わっているのです。

まずは、作品の基本的な情報から抑えましょう。

この絵は、17世紀に活躍した浮世絵師、菱川師宣の肉筆画です(※肉筆画とは、筆で直接描かれた絵のこと)。
サイズは縦63.0cm×横31.2cm、絹に彩色する絹本着色で、東京国立博物館が所蔵しています。

さて、師宣の 《見返り美人図》は、「師宣の美女こそ江戸女」と称されるほど、当時から人気の作品だったそうです。
現在でも、見返り美人いえば、この絵を思い浮かべる人も多いでしょう。
また、日本絵画を代表する作品のひとつとして、世界的にも有名です。

さて、このように時代や国を超えて賞賛され続ける《見返り美人図》ですが、

この作品の何がそんなに魅力的なのでしょうか?

もちろん、魅力的なポイントはたくさん挙げることができるでしょう。
たとえば、

  • 美人が名残惜しそうに振り返るという物語性

  • 緋色の美しい着物

  • 人物以外は何も描かないという余白の見せ方

などなど。


ですが、ここでは特に、女性のフォルム&文様に注目してみたいのです。

そうすることで、この作品の魅力は、徹底的にデザインされたフォルムの中に潜む

なのだ、ということがわかると思います。


作品分析

具体的に見ていきましょう。

お分かりのとおり、画面の中に一人の女性が立っています。

体は左側を向き、視線はその反対に向けるという、おなじみの見返りポーズです。

ゆるやかなS字曲線を描く人体のフォルムは、一見自然に見えます。

しかし、
よく見てみると、このフォルムを作るために、おかしなことが起きていることがわかります。


腕がありえない方向に曲がり、手首から下が消失しているのです。

人物画の中で、手は顔の次に表情を表すことができる部位です。

そうした大事な手を消すことで、画面に何が起きるのでしょう?


手という表情豊かな部位が無いことで、目が一点で留まることが無くなります。その結果、体全体が一つにまとまって見えるようになります。
このことは、言い換えれば、体部分はわざと平板な印象になるように描かれている、とも言えるのです。


そして、この体部分を覆うようにつけられているのが、文様です。

着物に使われている文様は、春を表す桜と、秋を表す菊。
それらが、連続する小花文様の上に、円を描くように配置されています。
そして、着物の帯には、黄色く丸い花と、輪つなぎの文様が。


しかし、ここで重要なのは、文様の意味ではなく、その形状です。

なんと、遠目で見ると、すべての文様が大小の円に見えるようにデザインされているのですね。

円を連続させる模様と言えば、ドット柄が思い出されるでしょう。

ドット柄は、現在でも一番良く使われる模様ですが、それが与えるのは「ポップ」な印象であると思います。

つまり、この女性の身体部分は、ふつう美人画が表すべき「色気」とは真逆の、ポップな印象を放っているのです。
このポップな印象を妨げないために、色気を表すことのできる手も消されたのでしょう。

実は、髪の毛にも同じことが言えます。

本来、髪の毛は、女性らしさ=色気を表す大事なポイントです。
しかし、師宣は、黒一色のベタ塗りで済ませてしまうことで、髪の毛が持つ繊細な表情を、極力失くすように描いています。

それは、女性の  です。

眉毛は、繊細な筆致で一本一本が描かれ、
は、まるで画面内の切れ込みのように、鋭く存在しています。
そして、極めつけは、触れたら明太子のような弾力を持っていそうなの描写です。

肉筆画ならではの繊細な筆運びで、顔のパーツだけが、女性の艶かしさを強調するように描かれているのです。

ポップな印象を放つ体も、表情を消された手や髪も、すべてはこの顔の艶かしさを、最大限に引き立たせるための演出だったのです。



ともすると、無表情にも見える彼女は、
振り返って、一体何を見ているのか……。


おわりに

以上、初回から長くなってしまいましたが、日本を代表する美人画における文様の役割について、分析してみました。
文様の放つポップさが、女性の顔の艶かしさを引き立てる仕掛けとなっていたのですね。


このように文様は、色々な作品や場所にひっそりと存在し、そのものに決定的な印象を与えているのです。

この連載では、そうした文様の魅力を礼賛していきたいと思います。

またお会いしましょう。

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(日本の伝統文様 + 東京の街並み のコラージュ作品を作っています。)


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