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「心の大掃除」

 早いもので、2022 年もまもなく終わりを迎えようとしています。この季節は、年末年始の予定を考えたり、家計簿であれば来年の「予算」を考える時期でしょう。また、新年を迎えるために、大掃除や新年の準備など忙しい時でもあります。それでも、2023年をどんな年にしたいかを考えるのは、ワクワクするひとときです。でも、そんないろいろなことをする前に、私たち自身の「心」の大掃除をしてみてはいかがでしょうか。
 羽仁もと子は、私たちの心に積もった、恥、後悔、怒り、恨み、これらの情は心の塵であり、重荷だと記しています。

心の大掃除

 年末には何所どこの家でも煤掃すすはきを致します。誠によい習慣でありますが、年末というこの機会を利用して、家の中の大掃除ばかりでなく、お互いに心の中の大掃除をしたいと思います。
 我々の心の中には恥の記憶もありましょう。後悔のこころもありましょう。此方こちらが誤解をうけていることもあり、他人に対する怒りや恨みもあるでしょう。是等これらじょうは実にことごとくわれらの心の塵であり、また重荷であります。塵におおわれいる心は、明らかに事物を見ることが出来ません。重荷を負っている心は、快活に働くことが出来ません。どうぞ心の中の大掃除を励行して、心の塵と重荷になるべきすべての記憶を忘れて仕舞い、軽く清らかな心になって、自分を誤解している人にも、腹の立つ人憎らしき人にも、先方むこうの感情はまれかくまれ、此方は一切始めて逢った積りになって、平気に無邪気につきあって行きたいと思います。そして、いつでも小さき不愉快小さき不和の起こるのは、兎角相手の仕打ちにばかり気を奪われて、己れ自らの尊き責任を忘れるからであります。人は自分を何と思おうと、またどのような愚かなことをしようとも、それはその人の勝手です。事は自分に関わるといいながら、何と仕様もありません。かかる場合あまりにその人の行為に気を奪われて仕舞うというと、自分はその人に対して何をなすべきかという。最も大切の当面の問題を考えることを忘れます。向こうの人が無智むちである為に、自分に無礼をしたならば、掛る人は宜しく教えざるべからずという、貴き責任を自分に感ずるのが第一で、しまた自分の落ち度のために、人の誤解を招いたならば、恐れず騒がず気を落ち着けて反省するはずであります。私は是非ともこの年末において、すべての区々たる感情を一掃して、他人のわれに対する善悪の仕打ちに心を奪われ、役にも立たぬ感情をつくり出すようなことはなく、如何なる場合においても、自分はこの人に何をなすべきかということを、広き高き赤心まごころから考えて、正直にその指図に従って行きたいと思います。
 私共は去年も皆様に除夜会をおすすめしました。除夜には百八の鐘を聞かずに、寝るものでないとかいって、どこの家でも除夜には忙しく様々のことをするのは、恐らく暮れに取り込めば取り込むほど、新年が長閑のどかに楽しい心地がするからでありましょう。除夜の取り込みは風情あるもだと思います。しかしながら我々の悲しき記憶楽しき記憶をのせてゆく、一年の最後の時を、浮世の営みに怱忙そうぼうとして、いたづらに送るよりは、むしろそれらの営みは宜しく日の中に済ましておいて、静かに過去を反省し、未来の希望を活躍せしむるために、この時を用いたならば、一層おもむき深き事であろうと思います。

『家庭之友』明治38年12月発行号「除夜のすすめ(1)」より抜粋

 いかがでしたでしょうか。
 年末になると、新年を気持ちよく迎えようと、いろいろ忙しく過ごしがちです。もちろん、家の大掃除も新年の準備も大切です。でもその前に、私たち自身の心に積もった塵はないでしょうか。 この1年さまざまなことがありました。心を痛めるニュースもたくさんありました。そして、みなさまそれぞれの生活でも、さまざまなことがあったでしょう。思い返し、その心に積もった塵をはらって、心が少しでも軽くなった状態で、新しい年を迎えたいですね。


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