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春秋逆転

引きこもっていると昼夜逆転することがよくある。

会社であったり学校であったりといった社会的な縛りから解放されてしまうと自分を縛るのは自分しかいない。そうなるともう無敵である。

スターを獲得したマリオの如く爆走し(これはマリオカートの方)、前にいるやらねばならないことやできたらした方がいいことをぶっ飛ばしていくのだ。

私はたいへん意志の弱い人間であるから、「自分以外に縛られない」という甘い誘惑に負けてしまった。


生活リズムが崩れるのは案外あっという間である。やりたい時にやりたいことをやっていれば気づいた頃には12時起床6時就寝のモンスターになっている。

そのまま続けていると22時起床16時就寝の社会から完全に弾き飛ばされた何かが完成するのだ。(それすらも続けていると一周回って6時起床22時就寝の健康体になる)

もちろん私もその例に漏れることなくガタガタ生活リズムの引きこもりとなっていたのだが、引きこもりとはいえ外出しなければならない時がある。
なんとか用事に間に合うように起きてよくいる人に擬態し、社会に繰り出すのだ。

そんなある日ことだった。

その日は知り合いと食事に行く予定があった。
モゾモゾと布団から起き出した私は着替えたり顔を洗ったりしてお天道様の下に発進しようとエンジンをふかしていた。

ちょうど髪を纏めていた時である。

挙げた自分の腕が長袖に包まれているのが目に入った。
そのとき、頭の中をこんな考えが走った。


ああ、これから冬になるんだよなあ


時は5月。GW真っ只中。引きこもりには関係のないイベントとはいえ、家族は家にいたし混雑した高速道路の様子がテレビからは流れていた。

確かに間違ってはいない。今は春なのだからこれから冬に向かって時が流れていく。だとしても気が早すぎる。


私の地元は北国で毎年これでもかと雪が降る。
前世でなにかやらかしてしまったのか、と思うほどの積雪を掻き分けながら進んでいくのが当たり前の土地。

その雪がようやく溶けたというのに、なぜ私はこんなことを思ってしまったのだろう。

準備を終えて外に出ると玄関先に桜の花びらが積もっていた。


私は今年、咲いた桜を見ていない気がする。
陽が落ちるのは遅くなったし、駐車場に生えているふきのとうもだいぶ育った。育ちすぎてなんかキモくなっていた。

私が知らない間に春が来ていたのだろうか。秋が去って冬が来て、そいつも去って春すらも去る寸前になっていたのだろうか。季節はちゃんと変化しているんだなあと思う。

私は引きこもり始めた昨年の秋から何も変われていないというのに。

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