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夢だった海外就職。それでも1年半で去った理由

こんにちは、かおりんです。
以前、ずっと夢であった海外就職をブリッジSEという職種で叶えた記事を書きましたが、今回はなぜわずか1年半で帰国する決断をとったのか書いていきたいと思います。

念願の海外就職を叶えていざマケドニアへ渡航!

内定が決まってから1ヶ月だけ日本からリモートワークをして、昨年3月にマケドニアへ渡航しました。詳しい経緯は上の記事を読んでください。
マケドニアに渡航したばかりの頃はまだ冬で雪が降っていました。
日本と比べるととても寒くて、寒いのが苦手な私はどこにも行く気になれませんでしたが、久しぶりの海外だったのでそれでもこれからの新生活にワクワクしていました。

マケドニアは直行便がないのでイスタンブール経由で飛びました

住む場所は会社のオフィスがアパートの中にあったので、空いている部屋に日本人の従業員スタッフが住むことができ特に何の心配もなくすぐ住めました。ビザも会社が全面的にサポートしてくれたので3ヶ月経つギリギリのところで取得できました。やはり会社に雇われていくと負担は少なく楽だなと感じました。

渡航してすぐの頃はお手伝いのスタッフやリモートで働いているマケドニア人のスタッフがオフィスに来ていたりしてかなり賑やかで楽しい日々でした。ご飯も安くて美味しいので週末には飲みに行ったりハイキングに行って現地の人たちとピクニックに行ったり充実した日々を送っていました。

孤独と戦う日々

3ヶ月経った頃でしょうか。マケドニアでの生活にも慣れて、日本人のお手伝いスタッフも日本に帰った頃でした。これまであまり友達作りに苦労したことがなかったのですがマケドニアに来て初めて友達ができず悩みました。

その場しのぎの人間関係ではなく、ちゃんとした友人が欲しいと思ってもしっかり繋がっていると思える友人ができず寂しさに襲われるような日々が続きました。オフリドでも英語を話せる人はたくさんいましたが、日本で全員と仲良くならないのと同じでたとえ言葉が通じるからといって誰とでも仲良くなるわけではありませんよね。

友達を作ろうと最初のほうは努力しました。しかしフィーリングが合う人になかなか会えず途中で一生懸命友達作ろうとするのに疲れて、「人には旅行で会えばいいや」って割り切っていました。
それで寂しさを紛らわすかのように毎月のように旅行へ行き、ヨーロッパ生活を少しでも楽しいものにしようとしていました。
マケドニアは有給も多く、1年目から労働法で従業員には20日間の有給休暇が与えられます。そこでヨーロッパという地の利を最大限に活かすべく4月には早速スイスに旅行行きました。

スイスでは大学の友達に会ったり、日本人夫婦とお話したりとても楽しかったです。街が本当に綺麗で移民も多くてマケドニアとは全く違って見るもの全てが新鮮だったのを覚えています。
6月にドイツへ行ったときは初めて会う人でもすぐ意気投合して、ドイツではこんなに簡単に友達ができるるのに、なんでマケドニアでこんなに苦労しているんだろうとなんだか虚しくなりました。

普段マケドニアにいる分にはお金もそこまで使わないので、何もしなくても勝手に貯金が貯まり、貯まったお金で飛び回っていました。

スイス。街並みはすごく綺麗で暮らしのよさが伺えた。
ドイツの誕生日パーティーで飲んだお酒たち。参加者がそれぞれ地ビール持ち寄って飲み比べできるのがなんともドイツらしく楽しい。

寂しさを感じながらもなんとかやれていたのは会社の人に恵まれたからでした。
社長をはじめ、社員の年齢は若く、マケドニアに集まってくるだけあってみんなユニークなバックグランドをもった人でお互いの価値観が似ているところがありました。私はもともと会社の人と仲良くするタイプの人間ではないのですが、環境とか人によるんだなとしみじみ思ったのもこの時でした(当たり前ですね)。時々ディナーに行ったり、ワイナリーでたくさんのワインを飲んでみんなでべろべろに酔っ払ったり。特に最後の方は正社員の日本人が増えて楽しかったです。
マケドニア人スタッフもみんなフレンドリーで、誕生日を祝ってくれたり困ったことがあったら助けてくれたりとても親切でした。
喧嘩もしましたが笑。
マケドニアでもいい人に全く出会わなかったわけではありません。
帰る頃には仲良いと思える友達も2、3人できました(笑)

仕事納めにみんなでご飯を持ち寄るPotluck Partyをしました。
日本人チームは皮から餃子を作って大変だったけどみんな喜んでくれた!

自分の幸せと向き合う

矛盾するようですがこの孤独な時間が私をかなり成長させてくれました。オフリドの湖の周りを散歩するのが日課になっていて、それが自分にとっての瞑想のような時間になっていました。
そのため毎日散歩に出かけて、歩きながら悶々と考えました。

自分が海外に来たかった理由。
私が幸せだと感じる瞬間。
結局自分は何がしたいんだろう。。。

ひたすら自分と向き合う日々でした。
メンタルはここでかなり鍛えられたと思います。
人に期待したせいで余計に孤独感を感じてしまうことがあったので、人に無駄に期待しないようにしようと心に言い聞かせ続けた結果、いい意味でドライな人間になったなぁと思います。

夏の終わりぐらいにもやもやしているより環境を変えてみようと思い立って、スペインに1ヶ月ワーケーションに行かせてもらうよう会社へお願いし、バルセロナに1ヶ月暮らすことになりました。
マケドニアで孤独を感じているのがマケドニアのせいであればそれは場所が悪かっただけだし、もし場所が変わっても楽しめないのであればそれは私自身の問題ですよね。だから大都市のバルセロナ行けばなにかわかるかなって。

バルセロナのマーケット。クリスマス時期だったのでデコレーションが素敵でした!

1ヶ月間バルセロナに暮らした結果、毎日タノシカッターーー!!!✨笑
友達もすぐできて、Meet upのようなイベントもたくさんあり孤独感はほとんどありませんでした。私はスペイン語も軽く話せるので言語面でもかなり楽になりました。

それでマケドニアに帰る時にはもう心は決まっていました。
「一旦日本に帰って東京に住もう」

海外だろうが、日本だろうが最終どこへ行っても衣食住です。
生活をしなくてはいけません。旅行とはまた違います。
この世に「Utopia」なんてどこにもなくて、自分が幸せになる方法をちゃんと知らないとどこへいってもうまくやれないと思いました。
正直私の住んでいた場所がマケドニアじゃなくてバルセロナだったらまだいた可能性が高いですがね。
ヨーロッパで出会った人たちは日本の東京で会う人たちとは全然違くて、1年半の間に本当にいろんな面白い人たちに出会たことに感謝しています。その一方でショートスパンでいろんな人との出会いと別れを繰り返しているとやはり虚しさが残りました。だから一旦動き回るのはやめてちょっと落ち着きたいなと思うようになりました。
今はお腹いっぱいになった、そんな感覚に近かったです。

ということで2023年の4月末にポルトガルで3週間ノマドしたのち日本に帰国したのでした。

帰国から半年以上たった今の心境

正直な気持ちですか?もう海外恋しいです😂w
ただキャリア的に長期でしばらく海外行けないので(あんまり行くつもりも今はない)、日本でノマドするか短期で海外旅行行くぐらいがいいなと思ってます。
外貨で稼ぐか日本でフリーランスで稼げるようになるか、あるいは海外の案件を取って来れるように死ぬ気で頑張るのか、、、わかりませんが何かしたいと思った時に選択肢を持っておきたいというのが今の目標なのでそのために日本に腰を据えて?頑張っていきたいと思います。

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