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鋭さのベクトルが違う…。短編小説『仕事をしたことのない暗殺者』

※有料記事ですが最後まで読めます。


 勘の鋭さにかけては天下一品と呼ばれている暗殺者がいる。
 彼の勘はもはや予知、未来視、いやタイムトラベラーなのではなかろうか、とまで噂されるほどである。

 だが。

 彼に仕事を依頼する者はほとんどいない。
 なぜなら、彼の勘が鋭すぎるからだ。
 今日は、彼にまつわるひとつのエピソードを紹介しよう。

       *

 噂の『タイムトラベラー』と仕事ができるということもあって、俺は朝から興奮しっぱなしだった。いったいどんな仕事ぶりなのか、この業界が浅い俺は全てのことを吸収してやるぜといわんばかりに気合を入れている。

 だが、俺の気合とは裏腹に、待ち合わせ場所にしていたバーに現れたタイムトラベラーの姿に、俺は幻滅した。よれよれのコートにいつ磨いたのかもわからないほど光沢を失った革靴、覇気のない表情。

 まあ顔付きについてはどうでもいい。むしろ俺のように覇気がありすぎると気配でターゲットに気付かれちまうときがあるからな。いやこれ冗談抜きでさ。

 俺の横のスツールに、タイムトラベラーらしき男が腰掛けた。

「お前がタイムトラベラーか」

「そう呼ばれている」

「今夜いっしょに仕事をすることになっているテリーだ。よろしく」

「ふむ」

 タイムトラベラーは小さく頷いた。
 年齢はいまいちわからないが、四十を過ぎていることは確かだ。けれど六十を過ぎていると言われても納得してしまえる。なんとも不思議な面差しだった。

「今日のターゲットについてはボスから聞いているな」

「カジノの経営者」

「そうだ。雇い主は『できる限りスマートに殺ってくれ』と注文を付けている。アンタの仕事ぶりに期待してるぜ」

 俺がそう言うと、タイムトラベラーは眉毛を奇妙な形にうねらせる。

「テリー、君はいったい何を期待しているんだ」



「今日の仕事は無しだ」


「あ!?」

 バーを出て歩き始めて五秒ほどしか経っていないのに、タイムトラベラーがわけのわからないことをぬかしやがった。

「何言ってんだよ。意味わかんねえよ」

「お前はわからないかもしれないがワシにはわかる」

「どういうことか説明しろ」

「地震が起きる」

「何?」

「地震だ。地震。ワシらが仕事を始める時間に地震が起きる。それもかなり大きいやつだ。仕事どころではなくなる。今の内に避難しておいたほうが身のためだ」

「いや仕事放棄したほうが身のためにならねえだろっておい!」

 タイムトラベラーは俺の話など無視して、どんどん町外れのほうへと歩いて行ってしまった。俺は迷った末、ひとりで仕事へ向かった。

       *

 この話の後日談だが、タイムトラベラーの言うとおり、地震が起こった。町全体を揺らし、人々を混乱の只中に陥れるには十分すぎるほどに大きいものが。

 そして仕事に向かったテリーは、仕事先で家具の下敷きとなって重傷を負った。

 ただ、現場には死体が残されていた。
 死体の死因は鋭利なナイフで刺されたことによる失血死だった。テリーは仕事はこなしたようだ。


 タイムトラベラーは勘が鋭い。


 けれど彼の勘はいつも仕事の邪魔ばかりする。

 結果、彼は殺し屋を名乗っているが、仕事の依頼はろくすっぽこないのであった。


※あとがき
『鋭い暗殺者』というお題を元にして書いた即興小説を加筆修正した作品です。
勘が鋭いというレベルを超えて預言者のレベルに達したら、何もできなくなるかもしれないなぁと思いながら書いてました。

勘が鋭いのとは違いますけど、僕は地味な運の良さを持ってます。
今年はたった2枚来た年賀状が、2枚とも切手当たってましたw
…もっとこう、ここぞというところで発揮したいなぁ。

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