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家族と毛ガニ
親父の出身地は北海道だから僕が高校生くらいまではほぼ毎年、家族で北海道へ旅行し親戚によくご馳走してもらっていた。
親戚にはいくら感謝してもしきれないくらいのご飯を食べさせてもらい、思い出話を共有した。
その中で必ずご馳走してくれた毛ガニ
毛ガニはカニの中で一番味が濃厚で
カニ味噌も美味しい。
しかし、殻にはトゲがあったり
身が少ないが故に食べづらい。。
○幼稚園
初めて毛ガニを食べたのは
物心がついていないから恐らく幼稚園児だった。
トゲのある殻から身を出すのは危ないと
母親が子どもたちの分の身を取り出す。
何度か興味本位で触って指から血を出したこともあった。
親父は我先に黙々と食べる。
均等に分けたはずなのに
母親のカニの量が少ない。
犯人は誰だ?
強欲な親父だ。
カニ味噌は臭い。
○小学校低学年
母さんに一人で食べられると豪語する。
一人では食べられるが、殻入れに入れた残骸にはまだ沢山身が残っている。
ケチな母さんは「もったいないわよ」
強がる僕は、「もう無いんだよそれは」
もう。。と言いながら殻入れから拾って母さんが残っていないはずの身をほじくって食べる。
親父はそんな会話を笑いながら
自分の分を食べる。
○小学校高学年
アゴに力がついた。
カニ専用フォークを使わなくても、殻を噛んで砕いて細い指でほじくり返して食べるのが早いことが分かった。
親父が毛ガニの捌き方を教えてくれた。
まず足だけ全部離して
甲羅をひっくり返してビロビロしたところを外して
爪を引っ掛けて甲羅を剥がす。
赤い甲羅側かお腹側の殻にカニ味噌が残る。
ものによって味の良し悪しはある。
保存状態によってはまだ凍ってたりする。
それも上手い。
白っぽいカスは食べられない。
お腹側の身も結構詰まっていて美味しい。
薄い膜を取るのは面倒だが、足の身よりは楽。
お腹は半分に割ると食べやすい。
教えられても分からないから
結局食べる方に集中していた。
親父が捌き方を時折褒めながら熱心に教えてくれた。
母さんはいつも毛ガニを食べる時に捌き方を
親父に教えてもらっている。
毎回聞いているはずのに、
知らないふりの優しさか、すぐに忘れる天然か。
やっぱり毛ガニはうまい。
カニ味噌の味が分かるようになった事を
親に自慢していた記憶。
○中学生
一人で捌けるようになる。
毛ガニを食べるタイミングは決まって夕食の後だ。
テーブルに広げて、捌いて食べるから
全員が揃って夕食の終わる頃を待つ。
母さんは夕食を食べるのが遅いから
早く毛ガニを食べられない事に無性にイライラしていた。
それを見かねて、
母さんが「そこのテーブルで先に食べていなさい」と。少し離れたテーブルを指差す。
待ち切れないから食べ始める。
親父におさらいを受けながら一緒にカニを捌く。
その後は黙々と食べる。
まだ夕食途中の母さんに
「カニ食べたい〜?」と聞いて
バレバレだが母さんの分をネコババしようとする。
母さんは「夕食でお腹いっぱいで、そんなにいらないから足が少し残っていればいいわよ」と言う。
それが優しさとも、つい知らず真に受けて聞く僕。
僕は毛ガニを見ながらネコババ質問を母さんにして
返答後すぐに所有権が変わった毛ガニに手が伸びる
○高校生
会話が少ない。
これは思春期が故か、カニを食べるスキルが上がってか。
黙々と食べる。
食べるときは皆で一緒に食べた。
毛ガニは上手い。
しかし、会話は少なかった。
同席していた北海道の親戚が
「カニを食べると黙るって本当なのね」と言って家族全員が笑った。
部屋が少し温かくなった。
笑った後、理由はないけど、恥ずかしいから真顔で毛ガニを食べ続ける。
母さんは均等に分けられた毛ガニを食べるけど、
お腹いっぱいだからとやっぱり子供に分ける。
親父は黙々と食べる。
○大学生〜社会人
北海道にいく機会が少しずつ減る。
けど、親戚から定期的に毛ガニが送られる。
夕食後、毛ガニをテーブルに広げるが
あまり手が動かない。
飽きたのだ。
毛ガニの味に飽きるというというより
殻を剥いて食べる労力に対して面倒さを覚えるようになった。
母さんに「贅沢人になったわね〜」と皮肉られる。
親父もどちらかといえば飽きた党ではあったが、
三兄弟と一緒に少しは手を付けた。
カニを食べた後の手が臭い。
食べる前にテーブルに新聞を敷いておくのだが、
食べた後にその新聞を片付けて水ぶきでテーブルを拭いても
においは残る
こんなに、においって残ったっけ?
○2022年6月頃
北海道の親戚から毛ガニが送られてきた。
いつもよりも嬉しい。久しぶりだったからかな。
夕食後、兄が毛ガニをテーブルに広げて捌く。
僕も両親のために殻から取り出した身を分けていた。
母さんは、口に入れる度、「本当に美味しいね」という。
毎度同じ「本当に美味しいね」に合わせて「美味しんでしょ。分かってるよ。」と笑いながら食い気味に突っ込む。
「殻から身を出してくれているから、より美味しく感じるのかしらね」とも言う。
親父はベッドの上で背中を上げている。
僕は親父のために味見といって(笑)先に足を何本か食べる。
上手い。なんでだろう。凄く美味しい。
今年は当たり年だったのかな。そんなのあるのか?
親父のために殻から身を出して、お皿に盛る。
お待たせー!と言いながら皿をベッドの机に出す。
暫く動かない。
あまりじとーっと見ているのも
気まずさを感じるだろうから僕はテーブルに戻って
毛ガニの身を再度、取りはじめる。
横薄目で親父の方を見ると
利き手ではない左手でスプーンをゆっくり動かしながらすくう。
食べた。
美味しい?と聞くとうなずいた仕草が小さく見えた。
テーブルに戻って毛ガニの身を取る。少しカニ味噌をつけて皿に盛る。
ベッドのテーブルに置く。
黙々と食べた。
もう2回ベッドとテーブルを往復する。
差し出す度、利き手でない左手のスプーンが早くなっていった。
今年はやっぱり当たりだ。でもやっぱりそんなものあるのか?
味は同じはずだ。けど、何もかも違う気がした。
複雑に入り乱れた感情が喜怒哀楽のどれを刺激しているかわからないが、とにかく温かい事は間違いなかった。
毛ガニの捌くのは簡単だ。
毛ガニは美味い。
カニ味噌も美味い。
そして、なんか温かい。
約一週間後かな。
親父は食事が喉を通らなくなった。
俺と似てる。これが最後だと分かると
しゃぶり尽くしてしまう。(笑)
家族全員と最後のカニの味は本当に美味かった。
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