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思い出のパンツ

パンツを頂いたのはその時がはじめてであった。
と記憶している。
パンツとは下着のパンツ、つまりショーツである。
16年前に頂いたそのショーツは頂いた時のまま茶封筒に入っている。
下着メーカーのごく普通の綿のショーツ、パステル調のイエローとラベンダーのものが1枚ずつ。
茶封筒には「○○さんへ」「Sの娘Oより」と書かれている。

16年前、私は看護師1年目
Sさんは肝臓がん末期の80代女性
OさんはSさんの娘
がんのターミナルの患者さんと接したのはSさんがはじめてであった。
実習では軽症の方しか受け持たないのでターミナルでお看取り方向の方とは接したことがなかった。
机上の勉強ではどのような経過をたどるかは理解していたが、実際の経過を目の当たりにするのははじめてであった。

Sさんには病名は知らされていなかった。
ただ、そう長くはない事は察していたのではないかと思う。
入院当初は意思疎通も図れ、症状も顕著ではなかったが徐々に体力は低下し、黄疸が出始めた。Sさんは元々穏やかな人であり、声を荒げたり、不安や悲嘆を訴えるということもほとんどなく、昏睡状態となってから数日後に静かに旅立って行った。

ショーツを頂いたのは亡くなる数日前である。
私はSさんの担当看護師ではなかったが、日勤で受け持つことは多かった。
Sさんの娘Oさんは新人の私に気さくに話しかけてくださった。
どこの出身なのか、住まいはどこか、夜勤はどのくらいあるのか、など他愛もない話であったが、
日々先輩に怒られ、心身共に消耗しきっていた私にはその他愛もない話はありがたかった。

「よかったら使ってね。私も使っているんだけど、普段使いにはちょうどいいの。」
と、渡されたショーツ。
患者様からの頂き物はお断りしていることもあり、お気持ちだけで十分ですとお断りしたが、
「内緒ね、大丈夫よ。黙ってればいいんだから、ね。」
とおっしゃり、断るのも心苦しく、ありがたく受け取った。

1年目の頃は本当に心身ボロボロ、自信も自身もなくし、それこそメッタ刺し状態で消耗しきっていた。
そんな状態で患者さんを看れるのだろうか、看ていいのだろうか、もう向いてないから辞めたい、
そんな葛藤が渦巻いていた。
正直表情も覇気がなく、暗かったと思う。
そんな状態を察しての心遣い、救われたのは自分自身であった。

「よくしてくださって、ありがとうございます。」

お礼を述べるのはむしろ自分の方であった。

今もクローゼットに眠るショーツ

使おうかなとも思うが、
今はまだあの頃の気持ちを忘れずにいたい。

あれから16年、
今も辞めずに続けているのはショーツのおかげでもある。

思い返せば…
ショーツ以外にもいろいろな物を頂いてきた。
菓子折りが多かったが、中には変わり種も…
ダンボール1箱分のキュウリ(自家製)
土地柄、りんごやぶどうなどの果物や大根、ねぎ、じゃがいもなどの野菜もたくさん
リポビタンD
お守り
手作り小物(あみぐるみや布小物)
写真
似顔絵
手紙(連絡先が書かれたものもあったが、さすがに連絡はしていない)
お小遣い(1000円、さすがにお金はダメだと断ったが無理くりポケットに…)

病院の方針にもよると思うが、以前勤務した病院では患者さんからのご厚意はいっさいお断りする旨が院内に掲示されており、職員にも厳しく指導されていた。
ある時、断りきれずに師長に相談すると血相を変えて、全力でお断りするよう諭され、全力まではいかないにしても丁重にお断りし、師長に叱られてしまうことを話すもやはり無下に断れず、再度師長にお願いした。

結果、何とかお断りはできたのだが、モヤモヤした思いは残った。

個人的にはそこまで全力投球で断る必要はないと思っている。
そんなに目くじら立てて怒る必要もなかろう。
患者さんにしても、ほんの気持ちで用意したものを返されたらいい気持ちはしない。否定されたようで悲しくなると思う。

確かに入院はお金がかかることだ。
さらに御礼の品物まで頂くのは申し訳ない。

ただ、
「何かお礼がしたい」という
そのモノに込められたその人の思い

モノが何であれ、そのモノに思いが宿っていると思う

その思いをくみとる心のゆとり、豊かさは大事にしていきたい。

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久々の雨は肌寒く、気分も沈みがち
でも、植物には恵みの雨
天からの贈り物は植物を生き生きと輝かせていた

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