見出し画像

考01/「すべての授業がつまらない」という小学2年生と、考えたこと。

今日のお題

c:「学校の、ぜんぶの授業がつまらない。そういうもの?」

参加者

大人A:私
大人B:夫
子C:小二_市立小学校へ通う_ドラゴンボールが好き_サラダ家の長男

解決策として導き出した答え

① 授業で取り上げられている物語を漫画にしてみる。(絵で表現してみる)
② 話の続きを考えてみる。
③ 大好きなドラゴンボールと組み合わせる。

話し合いの全貌

大人A:どういうところがつまらない?先生の話がつまらない?
子C:それもある。つまらないなと思ってあんまり話を聞いていない。
大人B:授業が簡単ということではない?
子C:簡単。聞くだけだと特につまらない。
大人B:一番つまらない授業はある?
子C:国語。ずっと話を聞くだけ。教科書を読むだけ。
大人A:他のクラスメイトはどんな様子?楽しそうにしてるの?
子C:楽しそうにしてる。
大人A:授業中は喋ったらダメなの?
子C:多分ダメ。でも話したりしてる。注意はされない。
大人B:算数の発表をするって聞いたけど、国語は発表はしないの?
子C:算数の授業でもそんなに発表はしていない。国語ではしない。みんなが知っていることを答えるのはおもしろくない。


まず問題の原因を探るため、細分化していったつもり。

大人B:教科書に載っている話がつまらない?
子C:というより、もう知ってる話ばっかり。読んだことある。
大人A:読むだけ?こういう風な見方をすることもできるよね、と新しい発見を先生が促してくれるとかないの?
大人B:そんな授業はしないでしょ。
大人A:だって読むだけって、授業する意味がないんじゃ。一体何を教えているの?
大人B:物語の書いてある内容を理解するという授業だと思う。「読解」が小学校のプログラムに組み込まれているとは考えにくい。教科書にどんな話が載っていたら楽しそう?知らない話なら退屈しない?
子C:多分ね。知らなくて、おもしろい話なら。
大人B:おもしろいというのは?
子C:戦いとか漫画とか。好きな感じのお話。
大人A:よく戦国武将の本を選んだりしてるもんね。でも教科書に載っているお話を変えることは私たちにはできないね。先生にお願いして変えてもらったらいいなと思うことはないの?
子C:ない。
大人A:じゃあ完全にこちらの気持ち次第だから、楽しくなる工夫、退屈しない何かを考えた方が良さそうだね。

かえるくんとがまくんのお話は、我が家のお気に入り。

大人B:例えば、教科書にはかえるくんとがまくんのお話(ふたりはともだち/アーノルド・ローベル 作 など)が載っていたと思うけれど、お話のシーンの絵をかいたらおもしろそうじゃない?
子C:うーん、そうかも。描くの難しそう。
大人B:話の続きを考えるのも良さそうだね。
子C:まあ、そうかな。
大人A:大好きなドラゴンボールに登場させてみるとかどう?かえる星のかえるくんとがまくんの特殊能力を作ったらおもしろそうよ。
子C:確かに!

子がちょっと描き出した。

子C:うん、楽しくなりそう!
大人B:よし、今回の問題は一旦これで解決としよう!
みんな:オッケー。

私(大人A)の余談

今回のお題は、実は小学1年生のときから子どもから聞いていたもの。
お勉強系の習い事を一切させていないので、小学校で新しい知識を学んで来ることはきっとそれなりに楽しいのではと予想していたけれど、学校のことを聞くと、「ぜーんぜん楽しくない」らしい。楽しいのは「給食と休み時間、ときどき体育」。
それを聞いて、自分の小学生時代のことを思い出してみた。大人がよくやる手段である。この経験則というのは極めて個人的な感覚なので、当てにならないと思いつつもやってしまう。
「自分のときも、退屈だった。小学校では知ってることばっかりでかったるいと思っていて、知らないことがでたらちょっと焦るぐらいだった。」ということが思い出される。そんな時間を6年間過ごした結果が今の私であることを鑑みると、小学校での学びがその先の学びにどれだけ繋がっているのかは謎である。(私に関してはその後どんどん勉強に対してやる気がなくなったというのが一番良くなかったことなのだが)
あまりに学校が合わないのであれば行かない・違う学校にするという選択肢もあると伝えたが、そこまでじゃないという返事である。
しかも習い事などで時間が埋め尽くされるイマドキの小学生に対し、ボーッとする時間や退屈な時間も必要だと警告を鳴らすような記事をどこかで読み、習い事で時間が埋め尽くされていないことにちょっとホッとしたりしていた。
「退屈な時間は、抑圧された時間となるのか?」→なる。
「多少抑圧されなければ、成長スピードは遅いのではないか?」→そうに違いない。
このような思考回路が私にはあった。ちょっとぐらい授業が退屈でも、それは自分でどうにかする問題で口出しすることじゃないと思い、かれこれ1年半ほったらかしにしていたのである。
今回お題を決めるにあたり、「学校で困りごとはない?最近授業はどう?」と聞いたときに、授業は全部楽しくないとハッキリ言われたことから、この問題を取り上げた。

保育園では、主体的に遊ぶこと・学ぶことができるプログラムだったのに対し、小学校になった途端、一律に机と椅子を並べて先生が前に立って話をする古くから続けられているスタイルになるのは、いかがなものかと思う。
新しい取り組みもたくさんあるようだけれど、今のところ私は、日本語と算数の習得、友達と集まり遊ぶ環境があること以外、あんまり期待していない。しかし、ある意味それで十分だとも思っている。


サポートいただけるととっても嬉しいです。すべての子どもたちのための活動に使用させていただきます。