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【小説】 the scenery you saw

街を上げて開催されるフェス「TUNE OF VOYAGER」その人気項目パレード。その指揮者、フィガロ・A・シルヴィア。彼女は音楽を好きでこの街にやってきた……訳ではない。

本職は発明家、ドイツからアメリカに移籍し街に派遣された人間。

楽しい世界とは違う、裏の世界に住む人から見た街。

そこにあるのは、人の欲。街の為に生きた人間の悲話。
11783字



日が暮れ誰もが家で、家族や友人、恋人同士で談笑する頃、彼女「フィガロ・A ・シルヴィア」は一人街へ向かおうとしていた。

「うん、まあ、こんなものか」

玄関に脇に備え付けてある鏡を見て、身だしなみを整える。黒のニットに紺色のジーンズ、焦茶色のロングコートを羽織る。ミルキーブロンドの髪を一つに結び、玄関の取手に手をかける。

「いってきます」

誰もいない豪邸に向かって言葉を投げた。そして、大きな扉がバタンと音を立ててしまった。

ここに来てもう直ぐ五年が経とうとしてた。

ドイツの学校ギムナジウム内で優秀な成績と技術を有していたため、卒業後直ぐ大学の研究室に配属された。ドイツだけでなく、界隈では期待の新人と称され、各国から引き抜こうと画策していた。この取り合いに勝利したのはアメリカ。多額の開発資金と衣食住の完全整備など、他とは比べものにならないほどの好条件を出してきた。それにはシルヴィアも、首を縦に振るしかなかった。家を出て数分後には路面電車の駅に着いた。

「なあ、二日目のパレードの穴場しらねぇ?」

「えー、知らねぇー。知ってても教えない」

「頼むよ!フィルさんの顔拝みたいんだよ!」

電車の中で話す学生らしき男性二人組。六日後、二日間渡って開催される、『Tune of Voyager』の話をしていた。パレード、フィル、この二つの単語を聞いただけで、虫唾が走った。自分の努力も知らず、のうのうと生きている怠け者。嫌というほど人の悪を見てきたが、無自覚な悪が地位番嫌いだ。

「まもなく、オペラハウス前ーオペラハウス前ー」

「そろそろか」

路面電車を降りると、間の前には古びたオペラハウス。この街に来てから、定期的に訪れている。オペラハウスの正面の道は、もともとはメインストリートだった。今はそんな面影は全くない。シャッターが降り、開いている店は数えられるほど。今は、東西にメインストリートがある。また、大掛かりに設けたものだ。ま、自分には関係ない。自分は移住してきた身。上の命令は絶対。なんて窮屈なのだろう。

オペラハウスの内装は外装と相まって、古びていた。ここの支配人とは、街に来てからの顔馴染みだ。そのため、ほんの僅かだが支援をしている。足し程度になれば、それでいい。

「間もなく、本日の最終公演が始まりまーす」

玄関付近にいた呼び込みの男性の声。前回来た時にはいなかった顔、若手だとすぐに分かった。だが、そんなことに興味は湧かない。音楽に夢を見てここにいるのか、夢は他にありそのためにここにいるのか。どっちだって一緒だ。音楽などという幻想に、夢をみたヒトには変わりない。

下らない。

舞台は大きなホールに大きなステージ。全く持って観客が入っていない。それもそうか、この街で夜に出かけるなんて、ほとんどの人間は嫌がる。それもこれも、街外れの治安の悪い人間が誇張して噂されているのだろう。人間は上下関係をつけたがる。自分の上の奴らも、優劣をつけたがっていた。そこまでしての価値があるのだろうか。

自分の席は最後列の中央。ステージだけでなく、観客や、このホール全体を見渡せる場所。基本はこの席付近に座っている。他の観客が見たいのはステージ。憧れに夢を描き、そうすることによって将来に対しての不安を誤魔化している。そう思えて仕方がない。低脳の考えることは、大きな物事、重要な物事に対しての逃げ。一つのパターンでしかない。自分自身の考えはないのだろうか。自分ならそんなこと、簡単に解決できる。逃げるなんてしない。正論を叩きつけるだけだ。

「 ____ 」

「 ____ 」

綺麗な服だ。赤い綺麗なドレス。自分には、一生着ることのない服の一つだ。黒いスーツ、白いドレス、青いスーツ、赤いドレス……。眩しさもあるが、オペラだからこその配色なのだろう。似合っているかは、自分には分からない。

この時間帯だからなのか、客はまばら。幼い子供がいるわけもなく、仕事終わりの中年、今から仕事に向かう前の女性。彼らも、彼女らも、このオペラが好きなのだろうか。それとも、夢を見ているのだろうか。

「 ____ 」

「 ____ 」

退屈だ。

何故なだ。この街の為に尽くしたはずなのに。世界一の音楽の街にする為に、国の為にと謳った上の役立たず供は多額の金を使って私を雇った。それで、この街の注目度や知名度は上がった。

しかし、古き良き文化は滅び街が繁栄するための礎となった。可笑しい。私が目指したのは新旧の文化が混在した街。

後日に開催を控えたフェスも、国が多額の金を注ぎ込んで……。

表向きは最高で最強のの音楽フェス。みんな笑顔、みんなの夢を詰め込んだもの。裏では経済的暗躍が蔓延っているとも知らず。

しかめっ面でそんな事を考えていたら、いつの間にかオペラは終わっていた。

昔は、どんな音楽も好きだったのに。今では憎い存在になりつつある。

「さて、彼に挨拶をして帰るとするか」

客が全員はけた後、椅子から立ち上がりステージ横の扉に向かう。扉に貼った紙に関係者以外立ち入り禁止の文字。

「ああ、そうか、関係者じゃないな。けど彼は中にいるしな……どうしたものか」

「あの、どうかされましたか?」

後ろから話しかけてきた女性は、ここの従業員。服装からして、オペラ関係ではなさそうだ。

「いや、ね、ここの支配人に用があってね、でも、どう会えばいいか分からなくてね」

「そうでしたか、オーナーですね!……あの、お名前は?」

……しまった。自分の本名を言ってしまえば、自分が何者か分かってしまう。そうなると、目の前にいる女性にも彼にも迷惑をかけてしまう。まずい。どうしたものか。

「えっと……ボルファルとでも伝えてくれるかい?」

「わかりました!少々お待ちください!」

……危なかった。ここで、バレたら色々とまずい事になっていた。知名度が故にサインや写真を求められ、この場所が地獄絵図と化してしていただろう。


十分ほど待っただろうか。その間扉の近くの椅子に座り、天を仰いでいた。コツコツと音が聞こえてきた。音の方に視線を向ける。そこにいたのは先ほどの女性と、白髪混じりの初老の男性。

「オーナー、あの方です!お持たせしました、えっと……」

「ボルファルです」

「ボルファルさん、こちらがオーナーです!では、私はこれで失礼します!」

「ありがとう」

従業員の女性はスタスタと行ってしまった。

「……久しぶりにだねシルヴィア」

「そこまでではないよ、Mr.」

「もうすぐだね」

「ああ」

この初老の男性は、私がこの街に派遣されてからの知り合い。唯一、私の理解者でもある。

「Mr. 私はね、今回を最後にしたいんだよ」

「……どうしてだい?君の活躍は、街の誇りになった。君が国から受けた使命は、とうの昔に果たしたはずだろ」

「それは、うん、そう。だが、ね。もう私は必要ない。新たな芽を潰すのは良くないし」

アメリカが私を引き抜いた理由は、優秀な成績だけを見て判断した訳ではない。家族の経歴も含めて、引き抜かれたのだ。

「……君が望んだ古き良き文化は、途絶えかけている。だが、その場所にはそれを受け継ごうとする新たな芽がいる、ということかね」

「そう捉えてもらって構わないよ、Mr. 」

何故その道を選んだのか。自分のようになって欲しくないから、としか言いようがない。


「フィガロ、お前は音楽家になりなさい。それがお前のためだ」

「はい、お父様」

「フィガロ、あたなには才能があるのよ。それを皆の為に使ってこそよ」

「はい、お母様」

私の家系は音楽関係の人間ばかり。先祖はかのモーツァルトだという。嘘くさいが。しかし、音楽に才能のある者がいるのは確かだ。

祖父は元指揮者で現在は音楽大学の講師、祖母は元ハーピストで現在は近所の数人で結成した音楽団で活躍している。父は作曲家、母はヴァイオリニスト。兄はピアニスト、姉は主にオペラで活躍する歌手。そんな一家に生まれた私は、音楽より楽器の方が好きだった。家にあった楽器を解体しては両親や兄弟に叱られた。しかし、やめられなかった。楽しかった。どうして息を吹いただけで音が鳴るのか、引いたり押したりするだけで音程が変わるのか、色は沢山あるのになぜ黄金色にしたのか。楽器には不思議が詰まっていた。それが故に、好奇心が唆られた。

「フィガロ、また楽器を解体しようとしているの?」

「お姉様、ダメなの?」

「うーん、家庭教師の課題とか学校の宿題とか終わったの?」

「終わってるよ。だから、遊んでるの」

「そっか、なら良いのかな……?」

家にある高価な楽器は、頑丈な作りの棚に飾られている。しかし中古の楽器、中でも古びたものや一部が欠けていたり壊れているものは、私の遊び道具として与えられた。私の部屋には解体されたパーツが、足の踏み場もない程転がっている。別に散らかしているわけではない。


「フィガロさんは、優秀な成績ですのでどこへでも進学が可能、ですが……」

「音楽大学に行かせるつもりです。家内とも相談しています。ただ、本人があまり良い反応をしなくてな」

「そうですか……。どうしますか、フィガロさん」

学校の担任と、父との三者面談。正直に言えば、音楽大学なんて行きたくない。もちろん、音楽が嫌い、だなんて思っていない。ただ、楽器そのものについて学びたい。演奏なんかより開発、発明といった分野に進みたい。しかし、それは親や祖父母には理解されなかった。兄や姉は幼い私を知っているからなのか、理解してくれた。

「私は、開発系に行きたい」

「フィガロ……」

「お父様、音楽は嫌いじゃない。ただ、それよりも、開発がしたい」

父は揺らいでいるようだった。子供の旅立ちに賛成するか、それとも自分達と同じように音楽の道に進ませるべきか悩んでいるのだろう。

「……あの、こちら、フィガロさんに届いた物です。」

「大手開発企業がスポンサーの大学ですね……推薦書」

封筒の中身は、私を大学の開発専門の研究室にとのことだった。私も知っている所だ。悪くない。そのほかにも、学校案内のパンフレット、研究室の実績一覧などが同封されていた。

結局、私はその大学に進んだ。両親はあまりいい顔をしなかったが、私の意志を優先してくれた。ありがたいことだ。ただ、その後の生活が大変だった。


同年10月、私は大学に入学した。配属先の研究室の人達は、いい顔をしなかった。理由は簡単だった。自分達は必死に勉強してこの場所に来たのに、こいつは……。っといったところだ。視線が痛い。

そんなことは直ぐに慣れる、と思っていた。そんな時間はなかった。慣れる前に引き抜きが始まった。引き抜きの争いが行われている間が、本当に地獄だった。起きる、研究室で発明の研究、途中各国のオンライン会談が約三時間。その後、研究の開発レポートのまとめ。そうこうしている内に、研究室が閉まって自宅に帰る。これが、アメリカに移籍するまでの四ヶ月間、毎日繰り返し行われていた。その上、レポートが完成しないから徹夜して、睡眠時間が削られる。身体的、精神的にも限界をむかえていた。その間は研究室の他の人の目線が、心配している、っといった視線だった。私が披露する姿を見て、若干引いていた人もいた。いや、この辛さは私に対して期待が大きいからなのかもしれない。にしても、スケジュールを詰め込みすぎだ。私は一応、人間なんだがな。


その後、アメリカに移籍したが、そこもまた大変だった。何より、環境が違いすぎる。酷いを通り過ぎている。社畜、いやそれ以上の……。

「おや、シルヴィアさん。お疲れ様ですね。いやー、君の働きは素晴らしいね!ああ、そう言えば君に行ってもらいたい所があるんだがね」

「あ、ああ……。はい……、何でしょう」

話しかけてきたのは研究室を支援する企業の一人の……誰だったか。忘れた。だが、とても偉い人と言うことだけは覚えている。見た目は五十代といった所か。

「君は、『ディーヴァクロニクルタウン』を知っているかい?なに、あそこはね、君が好きそうな所だよ」

「……配属をそっちにですか……。別に、移動は構いませんがそこの研究者は私の他に何人いるんですか?」

「いないよ、君だけだよ」

「……はい?」

何を言っているんだ?おっさんも過労でおかしくなったのか?いや、私だけとか、研究室とかないじゃん。絶対ないよね。企業様たちが支援してくれるのか?

「ああ、資金がないのは重々承知しているとも!安心したまえ、君には期待しているからねっ!」

「ははは……」


配属。いや、パイオニアとしてこの地、ディーヴァクロニクルタウンにやってきた。一人で。なぜに。この街の略式名称はディーヴァらしい。どうでもいい。それより、自分の目の前にある町外れの一軒家。これが、研究室兼自宅らしい。大きく、広い。それ以前に、いつの間にこんな豪邸を建築したのか。金と権力のある人達だこと。私に話しかけてきたおっさん、いや、おじさんか。あの人はこの街に大いに関係している、と言っていたが誰だったのだろうか?まあ、どうでもいいか。

「……お邪魔しまーす」

自宅のはずなのに、他人の家のよう。おじさん曰く、この家には地下があり、そこをラボとして使ってくれとのこと。どっから、金が出ているんだ……。しかし、これだけのものを貰った分相当な課題を課せられた。


『この街を、ディーヴァを……、もう一度華やかな、世界一の音楽の街にしてくれ。君にしかできないと思っている。』


偉い人が頭を下げるのを初めてみた。そこまでして、復興させたいのか?その部分は、少し理解できない。古びたものは廃れ、新たなものが生まれる。それが世の常と言うものなのに……。

課題に関しては、おじさんが用意した資料を読み込めば解決するはず。そう信じたい。ああ、その前に、この街にあるオペラハウスの支配人に挨拶をしなくては。また、おじさん曰くだが、『この街のことをよく知っている方だからね!私からも言っておくから!是非是非、挨拶しに行ってね!』……なんであんなにノリが軽いんだ?


「まもなく、オペラハウス前ーオペラハウス前ー」

「ここか」

オペラハウス。オペラは、祖母が好きだったような気がする。私はそこまでではないけど……。

大きなオペラハウスだ。しかも、目の前にはメインストリートか。……なるほど、街の象徴する建物といったところか。しかし、昼だというのに賑わいがない。おじさんはコレを気にかけていたのか。

オペラハウスは所々古びていた。全盛期から少し遠のいた、っと言ったところか。

「おや、君は?」

オペラハウスから出てきたのは、少し背の低い男性。紳士的と言えばいいのか、そんな風貌をしていた。

「あの、オペラハウスの支配人を知りませんか?えっと、この方からの紹介で……」

「ん?ああ、シルヴィアさんかな?話は聞いてるよ。ここでは何だし、中にどうぞ」

「え、支配人は……?」

「私だよ?」

先ほど見せたおじさんの名刺を見た時の反応から、ある程度分かってはいたが……。支配人がこれほど緩い人で良いのだろうか。

中に入って、大きなホールに通された。観客はいなかった。休館日なのだろうか。ホールでは、最後席の中央で話した。自分のこと、この街のこと、その他色々と……。話の中で、この街にもうすぐ新たなメインストリートができるらしい。つまり、オペラハウスの目の前の道は旧メインストリートになる。他にも高級住宅街や商店が立ち並ぶらしい。なるほど、私の役目は「新旧の繋ぎ」「新たな文化の貢献」なのだろう。ふむ、規模がでかいな。

「シルヴィアさんは、好きな音楽はあるのかい?」

「これと言っては……。楽器を見るのが好きなので」

「そうか、なら、オペラを好きになると良い。他の音楽とは違うからね」

この人は、本当にオペラが好きなんだな。喋り方、聞き方、おっとりとしているが芯がある。

オペラか。

「……今度、見にきますよ。オペラ」

「本当かい?それは嬉しいね。きっと、君も好きになるよ」


後日、研究が息詰まったので気分転換にオペラを見い行った。思ったことは……。

別世界。今まで見たことのない世界が、そこにあった。圧倒されて、内容を全く覚えていない。なぜあれほどのオペラがあるのにも関わらず、どうして客が来ないのだ?そもそも、街に人影が少なすぎる!課題が増えたが、解決策はいくつもある。その上、おじさんの課題をこなさないといけない。さて、どうしたものか……。

「音楽、街、人、金……ん?」

携帯が鳴った。音からして、電話か。私に電話をかけてくる人など限られているが、一体誰が。

「もしもし……は?担当の変更?資料の回収と再配布?いやいや、あのね、私は……」

切れた。言いたいことだけ言って切りやがった。担当の変更。つまり、おじさんとこの会社ではんく別会社が私の支援をしてくれるということか?しかし、電話の対応がとてつもなく怪しい……。


数日後、担当変更した企業の職員が二人、資料を回収と新たな資料の配達をしに家にやってきた。

「で、その資料どうする気ですか?この街の隅々まで研究し後世に託すような書き方だった。何枚かまだ読めていないんだが……」

「燃やしますよ。え、こんな資料必要なんですか?そもそも、資料なんかに思い入れとかあるんですか?」

「……は?……何にって……」

「あー、だから研究者って嫌いなんですよねー。あのおっさんもなんか言ってたなー。街の復興とか副産物でしかないですよ。こっちは、金さえ回れば良いてのに。あっ、先輩これが最後っす」

燃やすだと?副産物だと?

「……置いていって」

「はい?どうしましたか?」

「全部。今までの資料と今回の資料、全部置いていって。それから、あなた達二人は私の担当から外れて。研究に対して理解のある者に変えて。変えないなら、あなた達に協力はしない。以上。……さっさとしてもらる?私忙しいの」

どうしてだ。なぜ、こんな企業が担当に?本当に、どうして?


そこから何日か悩んだ。リビングに資料の山を作り、その間の小さなスペースに、あぐらをかいて考える。私はこれが一番アイデアが浮かびやすい。資料を取りに来た二人は即日で変更になった。次の担当になったのは女性。同年代で、化学系の出身らしい。それは最適な人材か、と問いたかったが相手側の最善手なのだろう。そんなことはどうでもいい、この状態を打破しなければ。おじさんの希望は『街の復興』今の企業の希望は『金』どちらの希望も汲まなければ。でなければ、生活ができない。おじさんの希望は自分が研究者として、音楽に関わるものとしては是非とも達成したい。が、企業の方を優先しないと自分の生活に必要な金が手に入らない……。

「ああ、どうしよう、どうしよう。……落ち着け、とりあえず資料を見よう」

新しいメインストリートは『ベスティジア・ムーサ』、これまでもやっていた大規模のフェスチューンオブボイジャー』。……フェスか。目玉となるものがあると、集客しやすい。うーん……。

「音楽と混ぜる、大規模、メインストリート……パレード……行進曲か!」

でも、待てよ、パレードは一人ではできないな。人工的にロボットを作るか、人を雇うか……。

「前者がいいのか?でも、うーん。って、ああ、最悪」

後ろに少しのけぞったせいで、山が崩れた。片付けがめんどくさいな。

「あれ、こんなのあったっけ。……アンドロイド?」

何でこんな資料が?企業とは無関係の界隈のはず。だが、これがあれば、両者の希望を完璧に叶えられる。

「材料は企業に頼むとして。あとは、自分との戦いか」


そこから半年で行進部隊のアンドロイドは完成した。普通なら途中で挫折するほどの量をこなした。私は本当に天才だと思う。もう8月末か、調整して今年のフェスには参加できそうだな。集客、経済、人気、知名度、全てにおいて両者の希望通り。できた、できたんだ。だが、自分の何かがおかしくなった。何だこれは。よくわからない感情に襲われている。そこからの記憶も曖昧だった。

ふらふらと家を出て、オペラハウスに向かっていた。自分でもよくわからないが、足がその方向に進んでいた。

「シルヴァさん、大丈夫かい?」

「Mr. 最悪だよ。嫌いになりそうだ。楽器も、音楽も、オペラも、全てが嫌いになりそうだ」

「……」

オペラハウスの支配人をいつ頃からか、Mr. と呼んでいた。これも何故そうなったかも覚えていない。

何故だ。どうして?どうして……?

「自分が、音楽が、嫌いになる。辛いよ。Mr. ……私は、全ての願いを叶えた。でも、自分の希望が、欲望がなくなった。何のための才能だったのか。今までは、楽器の不思議を知りたい、新しい音を作るためにやってきた。でも、今は違う。私は誰のためにこれを成し遂げたのか。わからなくなったんだ。」

赤の他人の前で初めて泣いた。自分に関わる全ての人の希望を叶えたのに、どうして私が苦しい思いをしているのか。何で……。

「……シルヴィアさん、君が成し遂げた功績は私から伝えてある。彼はすごく喜んでいた、感謝もしていた。落ち込むことはないさ、一人でここまでやってきたんだろ?なら、これからも大丈夫さ、私もいる、彼もいる。私としては、フェスでシルヴィアさんの素晴らしい姿を見たいんだがね」

……馬鹿らしい。

「……はは、ははは!Mr. 貴方はそんな柄でもないことを考えていたの?面白い方なのね!ははは」

「そこまで笑うかい?ひどいな、本心なのに。でも、シルヴィアさん少し元気になりましたね」

「貴方のおかげねMr. 」

本当、泣いていたのが馬鹿らしい。そうさ、私に見方をする人間はいる。それだけでいい。たとえ、研究や開発ができなくとも。


その年のフェスは、メインのパレードはアンドロイドたちの故障もなく閉幕した。約二ヶ月で完璧までとは行かないが、見せ物としては十分の出来栄えだった。本当に私は天才だと思う。

そこからフェスの目玉として参加した。参加初年度の話だが、街の雰囲気や昼間の過疎具合を見ても、街の人口よりも多いんじゃないか?と思うほどだ。まあ私も支援企業を伝ってだが、国に広告を大きく出してくれないかと提案した。企業側としては相当私を手放したくないのだろう、渋い顔をしていたが了承してくれた。使えるものは使わなくては損をする。提案だから、断られたら別の方法で広告していただけの話だし。よく年のフェスは、前年度よりも盛り上がった。何より、私のファンだという人が多く見受けられた。驚きもあったが当然だと思った。これだけ大規模のフェスをしているのだ、参加アーティストに対してファンがつくのはおかしくない、むしろ当然だと思う。ファンサービスは完璧にこなした。サイン、ツーショットの記念写真など、できる範囲のファンサービスは全てこなした。それもあってか、街はフェスが開催されるたびに人口や観光客が増え、賑わっていった。その反面、私はフェスの前後以外で体調を崩しやすくなった。


そんな数年前の過去を話しながら、穏やかに時間が過ぎていく

「本当にいいんだね、今年が最後で」

「構わないさ、今年で最後。みんなの憧れとして『フィガロ・A ・シルヴィア』は幕を閉じる。憧れは憧れとして存在し続ける。歴史の一コマに名を刻めていたら、なお良し」

「君らしいと言えば、君らしいか」

「ああ、そういえば。Mr. あの二人はいるかい?」

今年で最後。なら、この街の輝きを保ち後世に受け継ぐ人が必要になる。私はある程度、その適性の高い人材を見つけてある。その中で、ここのオペラハウスに所属している二人。天真爛漫少女のオペラ歌手『セシル』根暗だが芯のある三十路『ヘンリー』この二人は見込みがある。タックでやって行って欲しいが…。まあ、そこは私が考えるところではないか。

「ああ、この前言っていた二人かい?呼んでこようか?」

「あー、できるならそうして欲しいけど…。今、忙しいんじゃない?」

「大丈夫さ、少し待ってくれ」

五分もしないうちにMr. は戻ってきた。後ろにいる二人は少し不思議そうな顔をしていた。それもそうか。

「待たせたかな」

「そんなに。ありがとう」

Mr. を見たあと二人の方に視線を移す。瞳は希望を捨てていない、素晴らしい。私とは違う、善の道を行く者の目だ。

「あの、支配人この方は?」

「ボルファル、私の友人さ」

「ご友人!綺麗な方ですね!」

んー、この性格。どうしても慣れない。ステージ上の姿は素晴らしいのに、どうしてステージを降りるとこうなるだ。理解できない。

「支配人、何で僕たちは呼ばれたんですか?」

「私が呼んで欲しいと言ったんだ」

「……え。僕、作曲家ですよ。舞台に出てないのに……。」

「彼から、君たちの話は聞いているからね。フェスも近いし様子が見たいと持ってね」

明るく振る舞え、私。今はMr. の友人。シルヴィアではなくボルファル。そう、ボルファル!

にしても、対照的な二人だな。もし私の性格と対照的な研究者が現れたら……即刻、情報戦で潰しにかかる気がする。

「フェスの話になるんだがね、二人とも二日目の昼は暇かな?」

「はい!とくにこれと言った予定はありません!」

「僕も、これといって」

「なら……。はい、これ。当日この場所に行くと良い。目玉のパレードが見やすい穴場だよ」

コートの内ポケットから紙とペンを取り出し、穴場の場所を大まかに描きセシルに渡す。自分がストリート側から見て、人が集まりにくくスペースがあり、視界が開けて居る場所。観客側から見つけずらい。何故なら、その辺りはそこを除いた他の部分が、一般的な観覧スポットだからだ。灯台下暗し、というやつだ。少し頭を捻ってみればすぐに気づきそうだが、四年間誰としてそこのはいなかった。人混みや歩行者を避けて、脚立の上で見れば写真も綺麗に撮れると思うんだがな……。

「えっと、この場所は、結構人いそうですね」

「それはそうだな、あの場所は特別人が多いな」

「でも、ここ少し隙間ありますよね……確か、裏路地に繋がる道だったような……」

「おや、君、よく知ってるね。じゃあ、話は速い。いいカメラと脚立を持っていくといい」

さすが、作曲家視野が広い。やはり、私の目に狂いはない。あとはこの二人に、希望を植え付けるだけ。それで私の使命は終わる。この街に貢献し、新た文化に、希望を持つ人間に、未来を託す。そうすれば、全て丸く収まる。おじさんの夢も、この街の復権も、国の経済も、Mr. の願いも全て……。そして、私の功績は歴史に残る。ああ、なんて、美しい喜劇なんだ。

「確かに、脚立を持っていけばパレードは確実に見れますね」

「いや、見つけるのに苦労したよ。でも、私は当日用事があってね行けないんだ。だから、君たちにどうかなって思って」

「え!つまり、フィルさんのパレードが綺麗に見れるってことですか!最高じゃなないですか!」

毎回思うのだが、私の演奏はそんなにいいのだろうか?いや、客観的に見れば完成度は高いだろうが……。しかし、生身の人間は私だけなんだがなあ。

「はは、喜んでもらえて何よりだよ。要も済んだし、私はこれで。また来るよ」

「ボルファル、夜道には気をつけるんだよ。あとそれから、次来る時は事前に連絡を入れてくれたまえ」

「ああ、そうさせてもらうよ。じゃあね、“ Mr. ”」

Mr. は優しいな、ここに来ることは二度とないのに。


当日の盛り上がりは過去最高。出演者の緊張、観客の熱気、希望に溢れた最高の舞台が完成していた。運がいいな、この華やかな舞台で『フィガロ・A ・シルヴィア』として終われる。英雄として語り継がれる、そうあって欲しい。今いる控室は屋内、天気を見に外に出てみるか。空気も吸いたい。

「まぶし……お、快晴か、いいね」

うん。秋っぽい少し冷たい空気。フィナーレには最高の日だ。

「さて、彼らを起こすとしようか……」

室内に戻り、窓一つない控室に無造作に置かれた彼ら。そしてその手前に置かれた、支援会社から送られてきた高そうな楽器たち。

「我々は、この街に住む人々の “ 心 ” を侵攻する。我々の行進は皇帝の如く。表の世界も、裏の世界も、我々が支配する……。カイザーが誰であるかを!奴らの脳に焼き付けろ!」

私の号令と共に立ち上がる彼ら。起動には多くのエンジンが熱を発する。そのため、冷却ファンによる排熱音が無機質な部屋に響き渡る。

「エンペラーズ・インビジョン!これより、『ディーヴァクロニクルタウン』を侵攻する!」


「支配人、今大丈夫ですか」

「ん、おや。どうしたんだい、セシル」

「あの、ボルファルさんが教えてくれた場所でフィルさんのパレード見たんですけど……。さいっっっっっっこーでした!」

「はは、それはよかったね」

「そうなんですよ!それで、ボルファルさんにお礼を言いたいんです!」

「んーん、どうだろう。彼女は忙しいからな。それに最近引っ越しをしたからな……」

「え!引っ越し!そんな~」

「ああ、でも、君とヘンリーに手紙が届いていたから渡しておくよ。ヘンリーには私から渡しておくから。はい、これね」

「はい、確かに受け取りました!」







『先日、私が教えた場所はどうだったかな?喜んでもらえたかい?良いカメラを持って写真を撮ったかい?君の人生の中でも指折りのステキな時間になった……と思いたいんだが、どうだろうか。仕事の合]間にこれを書いているから、内容が薄くなってしまったのは申し訳ない。君の今後の活躍を願っているよ。』

Borfal


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