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【こうばを訪ねて vol.3】職人の手仕事で成り立つ、ステンレス包丁の“切れ味”

金属加工品の一大産地、新潟・燕三条で30社以上の工場と一緒に家事道具をつくる、家事問屋。毎日の暮らしの「ひと手間」を助ける道具をお届けしています。

私たちが大切にしていることは、道具と共に、つくり手の想いもみなさんへ届けること。

そのために日々工場を訪ねて、既存製品の反響を共有しながら、新たな製品づくりを進めています。

今回訪ねたのは、新潟県三条市にある「下村工業株式会社」。

包丁やピーラーをはじめ、お玉やターナーなどの調理器具を製造する会社であり、家事問屋を運営する下村企販株式会社のグループ企業でもあります。

家事問屋では、薄くてよくしなる刀身が特徴の「卓上ナイフ」を製造していただいています。

今回は営業部主任の野本雄生さんに日本を代表する刃物産地として、職人そしてものづくりへの想いを伺いました。

【プロフィール】野本 雄生
下村工業株式会社 営業部主任

小売店で販売職の経験を経て、下村工業の営業部に入社。家事問屋をはじめ、多数企業とのOEM製品づくりに携わる。今の世の中に必要なものは何か、というアイデアを提案するところから始まる現在の仕事にやりがいを感じている。


家庭の味方、錆びにくい「ステンレス包丁」の先駆者

― 現在は包丁やスライサー、ピーラーなどさまざま製品がありますが創業から調理器具全般を製造していたのでしょうか?

いいえ、最初は鍛冶屋として創業し、鎌(かま)などの農工具をつくっていました。その流れから、一般家庭向けに包丁の製造も始めたのです。当初は鋼(はがね)の包丁を作っていましたが、徐々にステンレス鋼での包丁製造にも取り組みました。

― ステンレス鋼(こう)は、一般的な包丁と何が違うのですか?

錆びにくいことが一番の特徴です。当時は鉄や鋼を使った包丁がほとんどだったのですが、定期的に砥石で研ぐ必要があるので一般家庭で扱うのはなかなか大変で。そこで、下村工業が業界に先駆けてステンレス包丁の生産を始めると一般家庭に流通していきました。

― ステンレス鋼への取り組みが今の下村工業につながっていったわけですね。

そうですね。その後、地元の問屋から他の調理器具もできないかと相談を受けているうちにどんどんラインナップが増えていきました。1990年に整えた樹脂成形ラインもそのひとつ。樹脂を自社内で成形できるようになったことで、ピーラーやスライサーなどの調理器具の製造も可能となりました。

― 樹脂を扱えると、どのような利点があるのですか?

樹脂は金属に比べて、形を自由につくることができます。市場のニーズに対して商品として提案する力と、デザイン性を向上させることが得意なんです。金属と樹脂の両方を扱うことができ、なおかつ開発から生産まで一貫して行える企業は、全国でもめずらしいのではないでしょうか。

食材を切るときの抵抗をなくすため。手仕事にこだわる刃付けの工程

― 今でこそステンレス包丁は数多くありますが、その中でも下村工業の強みはどこにあるのでしょうか?

切れ味には現場でもこだわっていて、食材を切るときに刃が抵抗せずにスッと入るように刃付けをしています。特に、刃先から数mmの範囲で厚さや角度が変わると、切れ味も変わるので日々追求しています。

「水砥刃付け」工程の近くには、どんな状態が不良なのか一目でわかるように見本が置かれている

― 特に重要な工程はあるのでしょうか?

どの工程も大事なのですが、特に力を入れているのが「水砥刃付け」。水を流しながら細かい砥石で磨くことで、回転で生じる熱を抑えながら鏡のようにツルツルとした刃先を出すことができるんです。

― そうすることで、食材への切り込みが軽くなる?

はい。その力加減は職人の腕の見せ所。「水砥刃付け」は刃の状態によってどこまで研ぐかが異なるので、手作業でやっているんです。ただ、手作業の内容を若手に受け継いでいくのが難しい。それを受け継いでいくために、刃先の最適な角度や形状とはどんなものなのかを測定顕微鏡などを使って確認しています。

下村工業の技術力で生まれた、3つの機能を盛り込んだ「卓上ナイフ」

― 家事問屋では、バターなどもパンに塗れる卓上ナイフを製造していただいてますが、苦労した点はありますか?

食材を切って、バターなどもパンに塗れる。切る、すくう、塗る、すべての動作ができる卓上ナイフをつくりたいという依頼だったので、刀身の製造には苦労しました。

― 刀身の製造ではどのように…?

バターを塗るとなると、刃の“しなり”が大事なんです。そのため、峰(みね)は1mm程度の厚さ、刃先はほぼゼロの厚さにしなければならなかったのですが、それがとても難しく苦労しました。通常の包丁であれば、峰から刃先まで距離がありますが、卓上ナイフは距離が短い。そのため調整できる距離が短いので、機械の数値を何度も変えながら微調整してようやく適切な値を探し出しました。

色々な食材が切れて、バターまで塗れる。家事問屋の「卓上ナイフ」

― 家事問屋と一緒に取り組むものづくりはどうですか?

使い手に寄り添う家事問屋さんのものづくりには、妥協がありません。そのため、求められる技術もとても高いです。だからこそ面白いと思います。今まで培ってきた技術と、さらに新しい挑戦ができる。家事問屋さんから、いつも刺激をもらっています。 ものづくりを通して、お互いが成長しあえる。そんな関係が誇りです。

質を求めるために手仕事を残す覚悟

―ありがとうございます。とても頼りがいのあるパートナーだと思っています。これからも、ものづくりを続けていく上で重視していることはありますか?

そうですね。家庭用の刃物をメインとしているので、使いやすさや切れ味を最も重視しています。だからこそ、品質の良い製品を量産できるように技術の伝承に力を入れています。

― そのために意識をしていることはありますか?

職人の手仕事を残していくことです。刃付けの作業は、製品ひとつひとつの状態に合わせて加減を変える必要があるので、機械ではなかなか難しいのが現状です。三条市は職人の手仕事をバランスよく残しているまち。完全に機械化するのではなく、機械と職人のそれぞれ得意なところを組み合わせながら、良質な製品を作り続けていきたいです。

野本さんの明確な意志が言葉の端々から伝わってきました。

以前よりも機械化が進んだ今なら、効率化だけを求めて全工程機械に置き換えることは簡単かもしれません。

それでも、より良い包丁をつくるために職人が作業する工程を残す。 質を求めた結果が、手仕事を残すという選択だったのです。

効率も質も求める。そんな下村工業の志に家事問屋はこれからも寄り添っていきます。

〈取材協力〉
下村工業株式会社
〒955-0033 新潟県三条市西大崎1-16-2
https://www.shimomura-kogyo.co.jp/

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