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【猫小説】『メニー・クラシック・モーメンツ』第4章:電話 ②


 シュンが搬送された「病院」についた。

 受付で ” 同居家族 ” である旨を伝え、病室の番号を聞き出した。彼は現在、709号室に入院しているとのことだった。
 エレベーターがなかなかやって来ず、つい苛立いらだってしまった俺は、階段を駆けのぼって部屋へ向かうことにした。
 7階に着く頃には、だいぶ息が上がっていた。呼吸を整える間もなく、そのまま病室へと向かった。

 ドアをノックすると、白髪交じりの初老の男性が現れた。それがシュンの父親であることは鼻筋の通った顔立ちから、一目瞭然だった。

「失礼ですが、どなたでしょうか…」
「皆藤有季と申します。息子さんとは…」
「あぁ…」

 その男性は曇った表情を浮かべた。

 以前、シュンは自分が「同性愛者」であること、そして、彼のパートナーが「俺」であることを、自分の両親と妹にはカミングアウト済みだと言っていた。
 実際、彼の家族と対面するのはこの日が初めてだったが、ふたりの関係は了承されているものだと思い込んでいただけに、彼の父親に「あぁ…」と、深いため息をつかれるといった展開は、正直、想定外だった。

「申し訳ありませんが、今日はお引き取り願えませんか…」

 …、俺は耳を疑った。

 ここに来れば、当然シュンに会えるものだと、信じていたからだ。

 目の前の男性の背後からは、

「…、シュン、君…。ねぇ、シュン君。…、シュン君、シュン君、シュン君、シュン君!」

 と、膨らんだベッドに顔をうずめ、泣きながらシュンの名前をひたすら呼び続ける女性の声が耳に届いた。
 彼女はきっと、シュンの母親なのだろう。
 そして、その女性のかたわらには、ただ一点をぼんやりと見つめる、若い娘のシルエットもあった。

「すみません。今、シュンはどのような状態なんでしょうか…」
 と、たずねると、
「無関係のあなたに申し上げることは、何もありません」
 と、彼は言った。
「いや、でも、私とシュン君は、一緒に…」
 と、言いかけると、
「…、私はあなたの顔を見たくなかった。申し訳ございませんが、もうお帰りください」
 と言って、病室の重たい扉をゆっくりと閉めた。カチャっと、丁寧に鍵がかけられる音もした。

*****

 俺はしばらく、709号室のドアの前に立ち尽くしていた。

 どうして…、どうして、こんなことになってしまったのだろう。どうして俺は今、シュンと会うことができないのだろう。会ってはいけないのだろう。

 これがシュンとのながの別れになることを、彼の母親のあの狂乱ぶりが、正しく証明してくれている。
 だから…、本当は、本当は目の前の扉をぶっ壊してでも、この部屋の中へ入らなければいけないことを、俺は完全に理解している。
 大声を張り上げてでも、病院から摘まみだされそうになったとしても、絶対にそうするべきなのだ、ということも。

 けれどもこの扉は、きっと、もう永久に開かない。

 シュンを育てた男の存在は、遥かに高く、果てしなく遠く、頑強過ぎる一枚岩だった。

*****

「こっちです。こっちです。氷室くんの部屋は、こっちですよ」
「ああ、わかった。わかったから、ちょっと待ってくれ…」

 黒いスーツを着た二人の男性と廊下ですれ違った。一人はシュンと同年代の青年、もう一人は小太りな中年男性で、その声の周波数はどこかで聞き覚えのあるものだった。
 彼らは709号室の前で立ち止まり、そっと扉をノックした。

 中から出てきた初老の男性にお辞儀をし、軽く言葉を交わした後、二人は部屋の中へと入っていった。

*****

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