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【猫小説】『メニー・クラシック・モーメンツ』第7章:スターリーナイト ③


 …、それなのに、それなのに、有季という人間は、

「ママの言っていることは理解できるし、それが正解なんだと思う。周りや世間だって、そういう生き方を全力で推奨すると思う。でも、俺は、たとえ世界中の人間に『お前は馬鹿ばかだ』『おろかだ』と言われたとしても、この先もずっとシュンのことを想って生きていきたい。そんな馬鹿で愚かで阿呆あほうなままの、俺でいさせて欲しい…」

 と、時子さんの至極健全なアドバイスを見事に突っぱねたのだった。

 それは、残された自分の人生を放棄しかねない選択でもあった。そんな誤った道を選ぼうとしている有季のことを、僕は「大馬鹿者」だと思った。
 この思いを直接「彼」に届けられないことが、歯痒はがゆくて、歯痒くて、仕方がない。
 僕の代わりにちょっと、何か言ってやってよ、時子さん!


 …、と思った瞬間、彼女は突然、こんなことを言った。

「前言撤回するわ」、と。

「…、さっき話したことは撤回するわ。私は、ユウちゃんの考えを尊重することにする。大切に想う誰かのことを死ぬまで忘れない、それもまた人生なのだと思う。敢えて厳しい冬を選んで生きてゆく。それは重い十字架を背負って生きることに等しい。けれども、そんな冬を粘り強く生き抜いた先には、未来永劫、続いてゆく ” 物語 ” が待ってくれているような気がする。ユウちゃんなら、きっとそんな物語と出会えるような気がする。あなたのことを『馬鹿だ』『阿呆だ』と言いたい人には、黙って言わせておきなさい。そんなやからに、どんなことがあっても、絶対に負けないこと。たとえ、あなたの生き方が誰にも理解されなかったとしても、たとえ、あなたの人生がどんなに孤独で寂しかったとしても、あなたは間違ったことなんかひとつもしていない。あなたは正しいのよ。私が一生、そんな ” ユウちゃん ” を保証する」

 結局、時子の眼差しはやさしかった。粉雪のようにやわらかくて、美しくて、有季の体を包み込むには十分過ぎるほどの愛だった。

 そして、彼女は最後にこんなことを有季に告げた。

「やっぱり幸せなことなんだと思うわ。そういう人生って。残酷だけど、愛しい。哀しいけれど、美しい。…、なんだかとても、ユウちゃんらしい人生ね」

*****

 有季が選んだ人生を、僕はゆるすことにした。
 
 27年しか生きられなかったけれども、この人を心の底から愛した僕の人生は決して間違ってはいなかったのだと思う。有季はホントに馬鹿だなぁ、と、今でも思っているけどね。
 思ってはいるけれども、頬に涙が伝うのを、確かに感じた。

 どうして、泣いているんだろう。幽霊のくせに。


 空を見上げると、星がキラキラと瞬いていた。あのプルシアンブルーの宇宙に何もかも吸い込まれてしまいそうになるほど、すべてがすっかりきれいに流れていく。

 そんな恐ろしく滑稽で、神聖で、安らかな夜だった ―。

*****

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