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【猫小説】『メニー・クラシック・モーメンツ』第2章:吊り橋 ③


 ついに、ふたりの同棲生活が始まった。それは、大型連休明けの晴れた土曜日のこと。

 モスグリーンのカーテンにフランネルのカーペット。リモコンと観葉植物だけがシンプルに乗った、厚いガラス天板のテーブルが主役のリビング。
 白檀びゃくだんのアロマが香るバスルームには、コップとかハブラシとかバスタオルとか、いつも清潔な感じでふたつ並べておきたい。あ、そうそう。有季がこだわって使っている、なんとかっていう外国製の入浴剤も、切らさずに常備しておかないと。
 キッチンには、使い勝手の良い調理器具がお行儀よく整列し、スパイスやソルト、各種ソースたちはマンハッタンのビルディングみたいにニョキニョキと並んでいる。
 インテリアショップで選んだ時には少しも気にならなかったのに、いざ、部屋の中に運んでみると、やっぱりこのダイニングにはちょっと大き過ぎていたウッド調のテーブル。
 そして、買い換えたばかりの巨大な冷蔵庫はストーンヘンジの如く、悠々とその威厳を讃えていた。

 フェイバリットに囲まれた生活は、予想を遥かに超えて素晴らしかった。満ち足りるってこういうことを言うんだ、と思った。

 今はひたすら、この幸福を噛みしめていたい。

 新生活一番のマスターピースは、何といっても、こだわり抜いて選んだ北欧デザインのソファだった。何色もの布地を縫い合わせたコンポジションのような見た目に、この上なく惚れ込んでいる。
 あらゆるものを包み込んでしまいそうな、その頑丈そうなつくりにも。

 そんなソファの上で、猫のようにごろんと寝ころんでいると、
「こら。そこをどきなさい。今から家事分担を決めるんだから」
 と、軽く有季に叱られた。
 僕は間の抜けたトーンで、
「はぁい」と、返事した。

 部屋中の窓を開け、隅々まで空気を入れ替える。純白のレースカーテンがふわっとめくれ、シトラスのような新緑の香りが、すーっと鼻に届いた。
 リビングの真ん中で深呼吸をしてみると、おろしたてのシャツを着て、表参道を散歩しているような気分だった。

 水晶を砕いたような澄んだ太陽の光も、なぜか涙が出そうになる感傷的な風の感触も、きっと、この部屋の常連客となってくれるのだろう。

 ふたりの船出は、そんなありふれた、黄金色に煌めく五月の午後だった。

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