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【猫小説】『メニー・クラシック・モーメンツ』第9章:夏の雨 ②


 この秋、某有名月刊誌にて「エッセイ」を連載することが決まった。

 その月刊誌で連載を持つことは、物書きにとってたいへん名誉なことであった。そんな夢は一生叶うわけもないと思いつつも、ずっと目標としていた「あこがれ」が、ある日突然、白亜紀後期にユカタン半島沖合に衝突した巨大隕石のごとく、ダイナミックに落っこちてきた。

 これを運のめぐり逢わせ、というのかどうかはわからない。

 けれども、俺はこの一億年に一度しか出会えないような限りなく奇跡に近い何かを、健やかに育てていきたいと思った。

*****

 数日前、猪又いまた氏から「担当編集者が変わる」と、電話で告げられた。

 その話を聞かされた瞬間、とんでもない心細さと、寂しい気持ちが津波のようにどっと押し寄せてきた。
 わずかながら狼狽もした。たしかに…、そう確かに、狼狽してしまっていた。

「優秀な後輩がやってきますから、皆藤さん、安心してください」

 と、爽やかに彼は告げた。憎らしいほど、完璧過ぎるタイミングと温度とスピードで。
 腹の底から頼りにしている君にそんなことを言われてしまったら、もう信じるしかないではないか。

 でも、本当にお世話になったね。今までありがとう。ケンケン。

*****

 梅雨が明けて間もない、7月中旬。

 じりじりと素肌を容赦なく攻撃する午後の野蛮な太陽の真っ白な光に照らされながら、猪又氏の ” 後任者 ” との顔合わせをするため、俺は某出版社に向かっていた。

 額に広がった汗を一粒残らずハンカチで拭きとり、ひと呼吸おいてからオフィスのエントランスの自動ドアの前に立った。
 ぶわん、と、ガラスの扉が開く。すーっと、透明な冷気が肌に触れる。オフィスの湿度と俺のカラダの相性も抜群だった。
 それはもう、晩秋の雫石しずくいしの高原のように。

 受付の女性に「只今、担当編集者をお呼びしますので、そちらのソファにお掛けになって、少々、お待ちください」と告げられた。
 すべすべとしたいかつい象牙色ぞうげいろのソファに座って、俺は ” 新任 ” の編集者を待つことにした。

「お待たせして、申し訳ございません」

 数分後、目の前に現れたのは、黒いロングヘアーの若い女性の姿だった。

「このたび、皆藤先生の担当となりました、氷室逢子と申します」
「皆藤有季です。はじめまして。今日はよろしくお願い致します」

 彼女は、にこっと可愛らしく微笑んだ。即座に好印象を持った。それと同時に、

「…、ん?」

 と、ある違和感を覚えた。「えっと、苗字は、その… ” ヒムロさん ”、って言うんですね…?」とたずねると、彼女は満面の笑みで、こう答えた。

「はい。” 氷室アイコ ” と申します。氷室 ” シュン ” の妹です!」

 その衝撃の事実を知るが早いか、初めてテキーラを飲みほした時と同じくらい、頭がくらくらとしてしまった…。


 どうしてシュンの「妹」が、今、俺の目の前にいるのだ ―!?(暗転)

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