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「石竹のお噺」



「石竹(せきちく)の
   お噺(はなし)」

 雨上がりのある日、遠目にだが心地良さげに東風(こち)にちろちろ揺れる紅い花に初めて気づいた。
時折、羽を翻(ひるが)えして紋白蝶(もんしろちょう)が止まり話しをする。ころころと小鳥の囀(さえず)りの様に軽やかな花の発する声が可愛らしく以来、密かに想いを寄せるようになった。

自分は何故硬い石なのだろう─
ごつごつした自身の見た目が恨めしく、そう遣(や)る方のない気持ちを擡(もた)げながら、可憐な紅い華を見つめる日々が続いていた。

「─ふう─しんどいわい。ちと、休もうかのう─」ある昼下がり、そう言いながら自分を背に、二人の村人が地べたに腰を下ろした。
「─おう─紅花(べにばな)が綺麗じゃのう─」煙管(きせる)をのんびり燻(くゆ)らせ一人が言った。

『─べにばな…めんごい名だなあ─』石は花の名を知り、嬉しげにそう呟いた。

「─ところでよ。また出だらしいや。物の気がよ─」眉を顰(ひそ)め一人が言うと、
「─あゝ。─なんもねえだあ。東方坊(とうほうぼう)様がおられる。すぐに退治さしてくれらあな─」ポン、と煙管を左の手の甲で器用に鳴らしもう一人がまたのんびり応えた。

東方坊とは、地にある大きな寺の住職で弓の名手なのだと云う。
勿論、殺生はしないが矢に込めた念により悪さをする物の気どもを退治することを修行の一つとしているらしい。
そして、その矢に射られた魑魅魍魎(ちみもうりょう)は真紅の血を流し果て、不思議なことにその跡には
その血飛沫(ちしぶき)の様な艶やかな華が咲くのだと云うことだった。

二人の話を聞き耳を立て聴いていた石は、ふと紅花に目線を移した。
寄せる想いは次第に明らかな恋心に変わり、思慕は日に日に募るばかりだった。

闇の中目を開け、石は物思いに耽(ふけ)っていた。
自分がもし華であるなら、想いが伝わるかも知れない。
華になりたい─
出来れば、紅花の気を引ける様な美しい華に─
取り止めもなくそんな想いを巡らせていると不意に先刻の村人たちの会話を思い出した。
─そうだ。華になれる。
石として身は絶えたとしても、華になれる。
艶やかな真紅を纏(まと)う華なら、きっと自分を認めてくれる─
そう考えると、また切ないくらいに恋心が胸に迫りあげて来るのだった。

翌朝、村人を初めて驚かした。
通り掛かりに低い声を出し怖がらせた。
村人は飛び上がり逃げ出し、石は半ば後ろめたい気持ちでその後ろ姿を追いながらもその日の内に幾度も同じ行為を重ねた。

「─石さん。石さん─」その夜更け、石は小さな声に気づき目を開けた。
見ると薄闇の中、紅花が月明かりに照らされそよいでいる。
「─石さん。─どうしたの?あんなに悪戯(いたずら)をして─」
初めて話しかけられ、戸惑い咄嗟(とっさ)には応えられなかった。
「─何か嫌なこと、辛いことがおありなの?わたしで良ければ、お話ししてね─」優しい言葉だった。心の中がしん、と澄んだもので満ちる様だった。
「─皆さん、困ってらっしゃるわ。
どうか、もうやめてくださいね」柔らかにそう窘(たしな)められ、
「─あ、お、─オラはね─」どうしても華になりたくて─言い淀(よど)んだその言葉を危うく呑み込んだ。
「─う、うん。ごめんよ─も、もうやめるだから─」少しの間を置き、石は訥々(とつとつ)とそう応えると石面を火照らせた。

紅花に諭され、一日切りで悪戯をやめるつもりだったが、石の魔物と称された噂は瞬く間に広がっていた。

日を置かずに東方坊が現れた。
「─魍魎(もうりょう)よ。何故に人々に悪さをいたす。我が弓にていざ退治せん─‼︎」構えるや否や、矢先を石に定め力一杯弓を引いた。同時に、
「おまちください!お坊様っ!!」放った紅花のその声も虚しく、矢が石を射た。
ガツッ‼︎と激しい砕石音に次いで、真っ赤な血が石面から吹き出した。
「─あ─い、石さん─」潤み震えた紅花の声が渇いた蒼空に響き渡った。
「─べに─ば─な─さ、─ん─」
朧(おぼろ)げに遠ざかる意識の中で石は名を呼び、確かに紅花に触れた気がした。
はらはらと、柔らかで温かな花びらだった。

次に気づくと、石は真紅の華になっていた。
描いていた望み通りだった。
いつか観た花火みたいに艶やかな花びら、葉はまるで竹の様で雄々しく感じた。
「─まあ、華になられたのですね。
真紅が美しい─」憶えのある声に目線を上げると、紅花が揺れていた。
近くで見ると、より可憐な華だった。
「─は、華に─なれた─だか─」その言葉が声にならなかった。
自身の様を改めて見渡すと、涙が溢れ出た。

「─同じですね。同じ、紅いお華─」紅花が嬉しげにそよいだ。
「─ん、んだ。同じだねや─いづが、枯れるども、え、えがったあ─」声を詰まらせながら、そう石が言うと、

「だいじょうぶ。枯れても、また種が遺るのよ。そしてまた、華になる。わたしたちはね。絶えることがないの。あなたも、わたしも─ずうっと」紅花はそう言葉を引き取ると、もう一度愉しげに揺れて見せた─。




      ─了─

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