ストリートファイター6が生み出した「スポーツ漫画」の物語が大好きだ
最近、ストリートファイター6にメロメロになっている。
その理由なのだが、ゲームが面白いというより、ゲームが作り出している物語が面白いと感じるのだ。
まずCRカップなどと言ったゲームの大会、これがまずプロット的に面白い。
複数人のプレイヤーが集まり、修行の後に本番が始まり、先鋒。中堅。大将など、全ての勝敗が「チームの勝利」へと集約されていく。
だから先鋒戦こそ面白い。先鋒戦が一番盛り上がると言っても良い。
このCRカップの修行→チーム戦の本番。という物語構造はちはやふると同じである。
先鋒の勝ちが大将の勝敗と直結している。
強い人間同士の作り出すドラマも、先鋒が作り出す試合のドラマも面白い。
そこに「マゴ一門」「ハイタニファミリー」「ガイル村」などのコミュニティも作られている。
これはヤンキー漫画の物語系譜に似ている。コミュニティがあって、そのコミュニティ同士がしのぎを削り合う。コミュニティがあって、そのコミュニティ同士のプライドがぶつかり合う事でエモーションが産まれる。
XQQやzerostなどの様々なストリーマー。プレイヤーがそれぞれの個別の物語を持ちながら、プロゲーマーは優勝を目指し、ストリーマーはどこまで生き残れるかを戦う。全てのスト6プレイヤーの物語が1つの勝利に集約されていくEVOJの感動も凄い。
とにかくスト6はプロット的に、物語としての完成度が高すぎるのだ。ハイゲ大会でのゆゆうたのあの戦い。モダンプレイヤー同士の戦いはとにかく見ていて楽しい。それでいてトップランカー同士の上手さには圧倒される。
プロゲーマーの物語と、ストリーマーの物語。それらが有機的に絡み合い、それらが爆発するのがハイゲ。CRカップ。そしてEVOJなどであった。
僕はスト6が好きだ。
というより、スト6の作り出す物語が好きなのだろう。
弱キャラ使いの巻き返し、頑張り。強キャラ使いのプロレスのヒール感。強キャラ使いの政治から生まれる笑い。それぞれのプロゲーマーが抱える物語、キャラクターへの愛。どの国の選手が優勝するかという国家のプライド。矜持。そういったもの全てが愛おしい。
ストリートファイターという長い歴史の技が、キャラクターが、30年以上の歳月をもっても受け継がれていて、プレイヤーも、ゲームも、全てが一致団結している。そんな姿が美しくてしょうがない。
私はスト6の抱える物語が大好きだ。ずっとこれからも、スト6を愛していたいと思う。
まぁ、これを書いている僕がしゃがみ小パンからの百貫落とし連打が好きなモダン本田使いであるという最悪な事実が無ければもっと良かったんだけどね。
じゃあまた。
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