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少し自分のことを

自分は昔、嘘つき誤魔化し小僧でした。

特に僕が保育園~小学生の時は嘘ばかり付いていました。

人を騙したり、自分をすごく見せるような嘘です。

そのせいで、嘘つき癖と誤魔化し癖がついていました。

まだ、小学生のころまでは誤魔化せていました。

その年頃の子はみんな純粋でしたから。

まあその代わりに追求力がすごいんですが。

冒頭で言った誤魔化し癖とは

子供達からの無邪気な追求を誤魔化すときについたものです。

中学生になってからは嘘は通用しなくなりました。

始めて嘘がばれた時、とてつもない恥ずかしさと人間的醜さを

自己に感じたのを覚えています。

それから、嘘をつかない事を意識して生活し始めました。

しかし中々癖が治らず、自然と嘘をついてしまい、

後悔と恥ずかしさで死にたくなる日がありました。

また派手な嘘をつくほど、人の記憶には残るもので、

嘘をついてしまいそうになるのを徐々に自制出来るようになっても、

過去の自分の嘘が降りかかってきた事も多くありました。

そんな時、正直に「あれは嘘だった」ということが出来ず、

誤魔化す為の嘘を付いた事もありました。

この悪循環から抜け出す為に、

僕は自分と関わりのある人物が誰もいない高校に進学しました。

こうして周りの環境を変えねばならないほど、

僕は追い詰められていました。

高校では、人に極力話しかけずに過ごしました。

なぜなら、話すのが怖くなってしまったからです。

話している最中にまた嘘を付いてしまうかもしれない。

嘘を付いたらまた、誤魔化して過ごす日々が始まる。

そんな思いが常にありました。

よくあの三年間を耐え抜いたと思います。(笑)

高校を卒業してからやっと、「このままじゃだめだ」と思えました。

それから、

かなりの荒治療(大勢の前で話す・大きなコミュニティに参加する)などを

通して、やっと普通に自然体で話せるようになってきました。

嘘つき・誤魔化し癖も克服できました。

今、僕にはなりたい人間像があります。

それは

「嘘や誤魔化しなく、自分の意見を堂々とはっきり述べる人物」です。

嘘をつき、誤魔化して、辛苦を舐めてきた僕にとって、

この人間像はとても眩しくて、神聖なものです。

そんな風に生きられたら、

きっと僕は誇らしげに人生の最後を迎えられると思います。
(良い人生だった!!って)

もしかしたら、noteに惹かれたのは、

本心を嘘偽りなく述べる練習にピッタリだったからかもしれません。(笑)

しがない20歳の人間の人生談を、

ここまで読んでくれてありがとうございました。

最後に一つ、

皆さんには「理想の人間像」ってありますか?

コメントで教えて頂けると嬉しいです。

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