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あやめ十八番「空蝉」振り返り

暑い熱い厚い夏が終わってから三日が経った。

まだ朝起きると半自動的に浴衣と足袋を鞄にいれようとしてしまい、「終わったのか」と気付くと劇中のようにヒグラシが聞こえる気がする。

今まで色々な舞台に参加してきたが今回は特に忘れられない公演となったので、文を書くのは苦手だが作品の残り香があるうちに振り返ったり思いを書き殴りたいと思う。


①絶対に上演する


稽古が始まったのは8月の頭。
顔合わせのキャストスタッフが集まる場であやめ十八番の主宰である堀越さんが

コロナ禍始まって以来、今が一番上演中止になる可能性が高い大変な時期だ。

と深刻な顔をして話した。
演劇人ならこの約3年近いコロナ禍で多くの辛酸を舐めてきたであろう。皆がこの「中止」という言葉に反応する。

「普通の会社であれば罹患しても療養すれば仕事場に戻れるが、我々は療養後に戻る仕事場が消滅してしまう。
そんなのは嫌だ、何がなんでも絶対に上演する。

この執念ともいえる言葉が、今回全員の原動力になった。

いよいよあやめが始まった

②恐怖の木魚、アンダースタディ

私は昨年の「音楽劇 百夜車」からあやめ十八番へ参加しているが、昨年も勿論コロナ禍の真っ只中であった。
世間は《新規感染者が初めて5千人を超えた!》と騒いでおり、稽古場に何ともいえない空気が流れたのを覚えている。

徹底した換気や手指消毒に加え、マスクは医療用や不織布といった予防性能の高いもののみ、定期的なPCR検査、更衣室や楽屋での会話禁止、勿論稽古後に飲みに行くなんて絶対NG。もっと細かいルールが沢山。
他のどの現場よりもルールは細かく指摘は厳しく、リスク回避のために劇団員の皆さんはスポーツの審判よろしく常に我々の一挙手一投足に目を光らせてくださった。
その甲斐もあり「音楽劇 百夜車」では誰も罹患することなく完走することができ、評判も上々だった。

そして今年の「空蝉」である。
昨年は5千人で絶望していたが、今年は2万3万と明らかに桁違いだった。
なにより、事実自分の生活圏の中での罹患者の多さや、Twitterで小劇場から東宝・宝塚・劇団四季まで「上演中止」の四文字が踊り狂うのを目の当たりにし、これから作品を立ち上げていけるのだろうかと流石に不安を抱かざるを得なかった。

先述した稽古におけるルールは今回も同じ。
ただ施行の強さが昨年の比ではなかった。

とても単純な話だ。
どこの団体もやっている、消毒と換気とマスク着用を単にめーちゃーくーちゃー厳しくしただけである。

各所に置かれた消毒液をバシャバシャ使い、常に窓と扉を開け放し、芝居以外では距離をとり、台詞合わせや相談事は対面せず、背中合わせ。
よく見かける、マスクを指で摘んで浮かせながら台詞を言うなんて厳禁。マスクはテープで顔面に固定。
少しでも体調に異変があれば即報告、場合によっては制作部の方から稽古欠席を通知。きつく聞こえるかもしれないが、逆を言えば「稽古に行かなければ!」という強迫観念は皆無で、ある意味安心して休めた。

なんら特別な事はしてない。
本当に全員で厳しくルールを遵守したに尽きる。

そしてやはり予防の要はマスク。
劇場入りしてマスクを外した途端に罹患しましたなんてケース、山ほど聞いたし経験もした。

シーンごとの抜き稽古なら「マスクずれてます!」と声が飛んでくるが、通し稽古だと声掛けが間に合わない・しづらいということで、今回登場したのが木魚である。
少しでもマスクがズレていると演出卓のスタッフが

コンコンコンコンコンコンコン!!!!」

と、マスクを直すまで木魚を鳴らし続ける。
あの音はトラウマになりそうだったが、単純かつ画期的で面白かった。便利。

神経質、やり過ぎと言われてもいい。それぐらい過剰に対策をしなければならない状況だったのである。

しっかりとルールを定めても、実際のところ作品を作る過程で「台詞が言いにくい・歌いにくいから」「マスクがズレてるが沢山動くシーンだから」「通し稽古中だから」等の理由で、感染対策が多少なあなあになったり区切りがついたら直そうというように後回しになる事があるのは否めない。
今回はその危険の種も全て摘み取っていったというわけである。

それに加えて、絶対に穴が空けられない役にはアンダースタディを付けた。

アンダースタディ (英語: understudy) は、演劇において、主要な役柄を演じる俳優に不慮の事態が生じる場合に備え、予めその代役を務められるように準備をすること、またそのような準備をし、公演中待機している俳優。
Wikipediaより引用

ミュージカルの現場では昨今スウィングという、どの役にも入れるようスタンバイするキャストが配置される事が増えてきたが(とても素晴らしいことだ)、ストレートの作品ましてや今作のような商業ベースではない公演でアンダーを付けるのはまず聞かない。それを今回運用したのだ。

主軸となるメイン所の役にはアンサンブルや稽古場代役の俳優がいつでも入れるように割り振られ、台詞はもちろんミザンスや殺陣を覚えてくれた。本当に頭が上がらない。この場を借りてお礼をしたい、本当にありがとう。

アンサンブルの皆

さて、上演に向けての話はこんな所で、今回の私についてサラサラっとまとめてみる。

昨年の「音楽劇 百夜車」は俳優としてオーディションを受け、なんやかんやあって楽隊(=演奏者)として採っていただいた。といっても本番では演奏の傍ら、一幕で一瞬芝居とダンスをし、二幕では裁判長役として判決を読み上げたり
演奏9、芝居1》ぐらいでの出演だった。

「空蝉」出演打診が届いたのは今年の2月頃。
演出の堀越さんも音楽監督の吉田さんも私の参加を希望している、といった内容の連絡だったので飛び上がるほど嬉しかったのでよく覚えている。
またあの刺激的で健全で楽しい現場に戻れる。
夏が待ち遠しかった。

春、私はとあるミュージカルに出演していた。
初演から30年続く大作で、みっちり2ヶ月間稽古をしてなんとか開幕した。
しかし、全ステージのうち半分を終えたところでコロナにより全公演中止。もちろん十分なコロナ対策を講じ実践していた現場だった。
隔離期間中は《虚無》そのもので、精神がとても不安定になり、身体はもとより心が落ち着くまでに時間を要したのは言うまでもない。

こんな精神状態であやめに参加できるのだろうか

そんな思いを抱いたままあやめの稽古が始まったが、久しぶりにお会いした堀越さんの一言で全てが吹き飛ぶ。


③今回海人は俳優枠だから

おもわず「あはは」と笑ってしまった。嬉しくて、である。

昨年初めて共演するキャストに
「池田さん、音楽家なのに台詞堂々としてますね」
といわれたが、その逆で楽器ができる本業俳優なのだ。
ルーツとしては音楽の高校・大学を経て俳優を始めるまでは演奏家として活動をしていたので、空蝉劇中の卵白よろしく「ひょんなことから音楽家が俳優へぶっかえった」というわけだ。

今回は《大酩亭悪太郎》を演じたが、
当初の配役は《小野官兵衛》だった。
その官兵衛を演じた島田さんが当初は悪太郎だったので、役チェンジという配役に落ち着いたのだ。

さあいざ始動。
台本を読み、稽古を進めるうちに一つの疑問が。

めちゃくちゃ出番あるけどいつ演奏すんの?

そう、悪太郎という役はありがたいことに割とあちこち行き来し出番が多かったのだ。
楽隊はセットの2階部分に常駐しており、演奏するためにはセットを登り楽隊エリアに入らなければならない。つまり、2階で芝居が行われている場合は戻れない。この単純な移動ができないが故に、演出・音楽監督・私は頭を抱える場面が多かった。

音楽監督の吉田さんの頭の中では、このシーンのBGMはファゴットだな、ピアノだな、という想定があったそうだが、いざ稽古してみると「あれ?ここ戻れなくない?無理じゃない?」というケースが多発。でも音楽は必要。
どうしたものかと悩んでいたら、いるじゃないの適役が。

そう、官兵衛役の島田大翼さんである。

島田さんは過去何作もあやめに出演し、芝居も演奏もできるオペラシアターこんにゃく座所属のハイパーマルチ俳優さんなのである。
今回初めてお会いし共演したが、島田さんのマルチさには完敗である。憧れすら抱いた。

今回「演奏で」と呼ばれた私と「俳優で」と呼ばれた島田さん、二人揃って「芝居しながら演奏もする」という楽しいポジションに収まった。

開幕してからの私の動きを例に挙げると、

①冒頭舞台下手で「行ってくらぁ」と家を出る芝居

②その足で楽隊エリアへ登りファゴット演奏

③口でシュワシュワ言って蝉の声を出し、新八が飴玉を吐き出す芝居に合わせてスライドホイッスル

④闇に紛れて下へ降りて、白菊一門の芝居


というように、本来舞台での上下(かみしも)の移動に加えて文字通り上下(じょうげ)の動きをしていた。島田さんも同じく。(島田さんと同じこんにゃく座所属、アコーディオンの高岡さんもだが)

以後終幕まで、下でどんなに熱い芝居をした後だろうが涼しい顔で楽隊エリアへ戻ったり、演奏する遥か数シーン前から潜んで待機したり、物語上では敵対している悪太郎と官兵衛が仲良く演奏していたりと抜群に面白いことが起きていた。

楽隊と俳優、どっちが楽しい?

そんな質問をよくされたが、こんなにバタバタするなんて他ではできない。故にどちらも楽しいとしか言いようがない。
血が騒ぐことが大好きなのだ。

前回が《演奏9、芝居1》だとしたら
今回は《芝居9、演奏1》だった。

それでいい、それがいい。
俳優なもんで「何者?」と聞かれたら俳優と答えるが、音楽家の血が流れている以上私と音楽は切っても切れないのである。

異種格闘技のような楽器の数々

④なんで?

記事の冒頭で「特に忘れられない公演」と書いたが、一体なにがそう思わせたのだろうか。

下北沢の20人ぐらいしか入らない小屋での公演も楽しかった。レストランでの朗読も初めて出た念願のミュージカルもみんな楽しかった。
ライブハウス、OFF-OFFシアター、「劇」小劇場、楽園、B1、風姿花伝、d-倉庫、本多劇場、シブゲキ、サンシャイン劇場、紀伊國屋ホール、自由劇場etc…どの劇場での公演も思い入れは深い。

今回は何がどうなって忘れられなくて、千秋楽後の所謂「ロス」が辛いのだろうか。

はっきりいうと、わからない
更にいってしまえば、わかりたくない。

この経験や幸せな感情に至るプロセスを私の中で解明したり紐解いたりすると、他の現場でも追ってしまうのではないか、と思うからだ。

芝居でもそう。
良い芝居(何をもってそういうのかは置いておいて)が出来たとき、次に同じような事をしたところでまた良い芝居ができるとは限らない。
これをよく《なぞる》というが、
他の現場でも今回の《幸福体験のなぞり》行うのは非常にナンセンスで非生産的。そんな事は考えずその場、その座組でしか得られないものを大事にすべきだ。


わかりたくない、と言ったが、じゃあ何故Twitterの140文字で簡単に終わらせなかったのか、何故アカウントを作ってまで今回noteにつらつらと文を認めているのか?

なんでだろうね。
折角だし少しだけ心にダイブしてみよう。

今回堀越さんはこんな挨拶を残している。

この公演を上演できたところで、何かが変わるものではない。変わらないところをお見せしたい。
例年通り、何も変わらず、我々は、ただ一本芝居を作ったぞと、胸を張って言ってみたい。
当日パンフレットより

ほかにも、稽古中に「誰かの人生を変えてやろうとか世間に一石を投じたいとか、そういうつもりはない」と話していたのを覚えている。
おそらく私は自然とこの思いに同調していたのだろう。

あやめ十八番の公演は年に一度。
好きなものを思いっきりやる。
なんて単純で理想的なのだろうか。私はその思いに諸手を挙げて賛同する。

そしていざ開幕。
客席から予想以上の反応の良さを受け、ただでさえ楽しい作品を演じるのがより楽しくなった。本番中は裏で文字通り走り回っていたが、皆ずっと笑ってたし、出番でなくてもお袖から互いの芝居をじっと見ていた。
楽しくて楽しくて仕方がなかった。

さらに、公演アンケートや口コミ、Twitterを見てみると、ありがたいことに「今まで観た芝居で一番面白かった」という最上級の賛辞が並び、身体の疲労なんか吹き飛ぶほど嬉しかった。カーテンコールでは我々を拍手で何度も舞台上呼び戻してくれたお客様の熱狂は忘れられない。

つまり、今回私は生を実感したのだ。

死を題材にした作品だが、その湿っぽくない死で笑い、少々不安定だった心が持ち直した。
ここだ、ここに居ていて良いんだと自分で実感できたことが今回忘れられない体験だったのだろう。

生を実感中のおじさん

特にコロナ禍になってから、演劇に苦しめられ、演劇に救われる。
その繰り返しなのだが、興味のない人からすれば青臭い話だとは思う。

俳優とは常に孤独を携えている。
自分以外の人生を歩み続けるうち、私は時として自問自答すらできないほど自分を見失うことがある。(他の人はどうだろう?)
その度に今回のような体験をすることで自身を見つめなおし、律することができる。

年末までは演出や演出助手といった俳優として出演しない現場しかないが、年明けに決まっている作品やこれから出会う作品でもまたこの体験を更新していけたらと切に願う。


⑤宣伝

●あやめ十八番「空蝉」が9/8(木)まで配信で観られます。
(この記事公開が9/7(水)なのであと一日!)
配信が終わってもDVDが販売されますがリリースまで半年ほど掛かりますので、どうぞこの機会にご自宅でお楽しみください。


●「空蝉」や「音楽劇 百夜車」のパンフレット・DVDなどのグッズ販売はこちら!稽古〜本番までの舞台裏に密着した特典映像付きDVDがおすすめ。


●リーディングミュージカルの演出をします。
初の演出。その名も
「The musical continues vol.2 -短編ミュージカルライブ- 」

3チームに分かれ、全チーム同じ稽古回数で1つの短編ミュージカルを作るという企画です。今回vol.2ですが、昨年開催されたvol.1では出演してました。

私は女性5人のシスターフッドを描いた作品を演出します。
脚本やナンバーの制作から携わり、いよいよ稽古!という段階です。ご都合よろしければ是非お越しくださいませ。

日程/10月2日(日) 15:00~/18:30~
会場/R’sアートコート(JR新大久保駅 徒歩8分)
チケット/4,500円(全席指定)
公式HP(チケット受付)↓


では、また気が向いたときに記事を書いてみます。
またね。

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