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いきものがかり『うるわしきひと』

もし過去に戻れるとしたら、そしてその時を選べるのなら、今の僕は15年前の春に戻ってあの歌をもう一度聴いてみたいと思う。

 
中学を卒業する間際、僕には同じクラスで好きな人がいた。
やがてその恋が叶わないことを知ってしまうけど、偶然その子も含めた同級生の男女グループでカラオケボックスに行く機会があった。それぞれの進路が決まり、残された時間を少しでも謳歌しようと、友人たちとよく遊びに出かけていた頃だ。
 
今思えば、人生で初めて誰かとカラオケに行ったのがこの時だった。
あの頃の心の高鳴りは、楽しい時間がずっと続くような感覚すらあった。小さな冗談で笑い合い、悲しい出来事に遭遇しても肩を叩きながらお互いを励まし合う。先入観や固定観念が一切ない、純粋な友情だけが僕たちを繋いでくれていた。
 
カラオケボックスに到着し、軽い雑談を終えたところで、各々歌うのが得意な曲や気に入っている曲を選んでいく。
あの時自分自身が何を歌ったのかは正直思い出せないけれど、当時はGReeeeNの『キセキ』が流行っていて、自分の番になったら真っ先に歌おうと思っていたのに、先に誰かに入れられてしまい困ったことだけは未だに覚えている。そんな、しょうもないことばかり記憶に残ってしまう性格はこの頃から何も変わっていない。
 
順々に歌っていき、やがて彼女がマイクを持った。
どんな曲を選曲したのか興味があったが、なるべくそれを態度に出さないようにしていた。あの頃は彼女への想いを断ち切るのに精一杯だったような気がする。
 
彼女が選んだのは冒頭から歌詞のある曲だった。その時、初めて彼女の歌声を聴いたけれど、その透明感溢れる声色に改めて心惹かれてしまう自分がいた。
きっと、彼女は違う誰かを思い浮かべて歌っていることもわかっていた。それでも、この歌を原曲よりも先に彼女の声で聴けてよかったとすら思えた。街角でこの歌が流れていると、未だにこの時のことを思い出すほど、僕にとっては数少ない大切な記憶になったのだから。

 
そんな苦く甘い想い出を思い出したのは、今年も見慣れた街並みが心地よく春めいてきたからかもしれない。
たとえ何度季節が巡っても、何年時間が経過しても、この歌を聴くたび胸をしめつけられる自分がいる。颯爽とした青い春を駆け抜けていく彼女の後ろ姿を、僕は見送ることしかできなかった。
 
でも、目を逸らさずにその姿を見届けられてよかったとも思う。
今、彼女はどうしているのだろう。きっと、その可憐な笑顔で今日も楽しく生きているのだろう。そのまっすぐな瞳で誰かに寄り添いながら。これから先、何歳になっても、そうあってほしい。


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