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ペッパーズ・ゴースト

およそ1年半ぶりとなる小説家・伊坂幸太郎の新作『ペッパーズ・ゴースト』が今年の10月に発売された。

伊坂といえば『ゴールデンスランバー』や『重力ピエロ』など映像化された作品は数知れず、独特な台詞回しやユニークで個性溢れる登場人物が印象的な作品を何作も生み出してきた。そうした作品群に魅了され、現在では多くのファンを抱える数少ない小説家の一人でもある。

伊坂作品には時折ではあるが、ある特徴を持った人物がひょっこり顔を出すことがある。それが、一見変わった能力を持つ超能力者だ。

自分が念じた言葉を相手に喋らせることができる安藤を主人公に据えた『魔王』や、強盗集団の一人で精密な体内時計を持つ雪子が登場する『陽気なギャング』シリーズなど、決して物事を突き動かすほどではない些細な能力を隠し持つ登場人物が、大きな事件を起こしたり解決していく様は読んでいて実に痛快である。

『ペッパーズ・ゴースト』でも「他人の飛沫を浴びると、その人の翌日の未来が少しだけ見える」という変わった能力を、本作の主人公で中学教師である檀は持ち合わせている。
一見何の役にも立たなそうな能力に思えるが、檀はこの能力を活かして、ある男子生徒の事故に遭う未来を変えるのだ。しかし、それをきっかけに奇妙な事件に関わっていくことになってしまうのだが‥‥‥。

そして、檀が事件に巻き込まれているのを横目に並行して進んでいくのが、檀の教え子である布藤鞠子が書いた小説だ。
猫を虐待する動画を見ては楽しんでいた人達(「猫を地獄に送る会」通称「ネコジコ」)を、「ネコジコハンター」なるロシアンブルとアメショーの二人組が復讐する話。
特に悲観的な性格であるロシアンブルと楽観的なアメショーの掛け合いでは、伊坂作品ならではの印象的な台詞回しが光っている。

「僕は、誰かが書いているお話、たとえば小説か何かの一登場人物に過ぎない、そう思うことがあるんですよね」
(中略)
「小説を書く誰かがいて、まあ、プロの作家なのか中学生がノートに暇潰しで書いているのかは分からないですけど、とにかくこれを読んでいる誰かがいるってことです」
(中略)
「今、おまえがそうやって喋っているのは」
「これも決められた台詞かもしれませんよ」
(中略)
「アメショー、おまえの楽観的な、何とかなるでしょ、の精神はそこから来ているんだな。作中人物なら、何とかなるも何も、どうにもならないものはどうにもならない」
「何回読み直しても同じストーリーなんですから」

伊坂幸太郎 朝日新聞出版『ペッパーズ・ゴースト』P87~P88 2021年

小説という形態だからこそのメタファー要素も味わえるのが伊坂作品といえるだろう。
アメショーの「自分たちは作中の登場人物に過ぎない」という台詞も伏線になっているので、そこはぜひ本作を読んで楽しんでもらいたい。

そもそもタイトルにもなっている「ペッパーズ・ゴースト」とは、劇場等で使用される視覚トリックの一種で特殊な照明技術を用いて、そこにはない虚像をあたかも目の前にあるかのように見せるもの。
本作の『ペッパーズ・ゴースト』でも伏線というトリックが至るところに散りばめられている。果たして貴方は見破れるだろうか。まんまと騙された僕でも、十二分に楽しめた秀作だ。


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