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一 心を奪われると終わる。 だから私は息を詰めて生きていました。 黒い壁とガラス製のパーティションで区切られた役員室の天井には、橙色の間接照明が灯っている。部屋の中央には飾り気はないがデザイン性の高い大きなデスクが一台。そのデスクに向かう岸 侑李(きし ゆうり)は、マホガニーの天板に置いた右手の爪先を見ていた。いつもと同じように磨かれ、薄色のジェルネイルが塗られた爪が明かりを反射している。親指の付け根に浮いた甘皮を人差し指で擦りながら裏返すと、爪の間の垢に気付いた
1 俺が中野の妹である中野 怜から、中野から荷物を預かっていると言って呼び出されたのが、ここ中野である。ちなみに俺の名前は中埜。中埜 昌磨(なかの しょうま)という。その俺、中埜が中野で中野の話を聞きながら中野の妹の中野 怜とスズキの洗いを摘んでいる。ここは中野の居酒屋だ。 「そんなわけで、来てもらったんですけど。なんでウチが姉ちゃんのお使いなんか」と口を尖らせる向かいの席に座った中野 怜を見ながら俺、中埜は――と、もうこの辺でナカノナカノ言うのもしつこいのでここまでに
1 取調室に入ると、蒸し暑い空気が動きマスクの内側にまで男の体臭が運ばれてきた。 パイプ椅子に座る男の背後にある窓が開いている。換気のためだ。冷房で冷やされた空気は流れ出し、代わりに季節外れの真夏日で熱された湿っぽい空気が室内を満たしていた。 もう10月だというのに、30度を超えるこの暑さは異常だ。しかし年々、そんな日が増えているような気がする。やがてこの異常さにも慣れ、疑問を抱くことなく日常として受け入れる日が来るのだろうか。 そんなことを考えながら、東馬 文結(
先生、お久しぶりです。最後に先生にお会いしてから長い月日が経ちましたね。お変わりなくお過ごしでいらっしゃいますでしょうか。私はあれから随分と年をとりました。 突然、手紙が届き驚かせてしまったかもしれません。実はどうしても先生にお尋ねしたい事があり、慣れない手紙を書くことにしたのです。昔、先生が大切に育てていた花の事です。 その前に、少しだけ私の身の上話をさせてください。楽しい内容ではないので申し訳ないのですが、あの花に関わる重要な話なのです。 先生もご存知の通り、私に