8月、真鯒と鱸…さっぱりした白身と、潮風の香りの鮑で暑気払い
暑さがいよいよ増してくる8月、こんな酷暑のなかでは、やはりさっぱりしたものを味わっていただきたいですね。真夏に旬を迎える白身の代表格、真鯒(マゴチ)と鱸(スズキ)、そしてもしかすると「お正月の縁起物」のイメージの強い「鮑(アワビ)」についてお話しましょう。
◆「照りゴチ」とも呼ばれる真夏の魚
真鯒(マゴチ)と目鯒(メゴチ)を一緒の魚だと思っている方もいらっしゃるかもしれません。魚の形がすごく似ているんですけれど、別のものでございます。
どちらかが上下のある魚というわけではありません。江戸の天だれとしては目鯒もなくてはならないものですね。ショクッとした食感で、歯触りがとてもよく、天ぷらとしてぴったりです。
それに比して真鯒の方は、俗に「照りゴチ」と言います通り、日が照ってくる頃に身がよくなってくるんですね。
夏の暑さが厳しくなって参りますと、やはりさっぱりしたものが食べたくなる。真鯒は脂をあまり持たない魚なんですね。河豚の次ぐらいにさっぱりしているといいましょうか、嫌気がささない魚です。
◆身が波立つ「湯引き」で食す真鯒
夏の白身といえば、鰈・虎魚(オコゼ)・鯒・鱸でしょうか。鯒は1年じゅうそんなに味の落ちない魚ですが、やはり冬には身質が少し落ちますし、さらっとした食味が物足りなく感じるかもしれません。
真鯒はしっかりえさを食べるからか、産卵期の真夏に食味を増す魚です。湯引きで食すのがいいですね。この時期だと子が入っていることもあって、白子もとってもおいしいですよ。
同じく夏が盛りの鱸ですが、真鯒よりも脂がのっています。鱸やチヌ、鰈(カレイ)など、脂のある魚は洗います。
湯引きは、手を入れっぱなしにしたら「あちっ」ってぐらいの55度前後のお湯を用意して、網に並べて、さっと入れます。これは身が生きているうちでないといけません。締めたばかりのものを切り出して、時間を置かずに洗いも湯引きもします。
湯に入れると熱いもんだから身が波立ちます。4~5秒でしょうか、湯の中にくぐらせて、氷水に落とす。そうすると身がちりっと縮みます。これは脂ののりにくい魚に適した湯引きのやり方です。
これをちり酢や梅肉醤油でさっと召し上がると、きわめて涼味です。海の家や、京都の川床というシチュエーションはぴったりですね。包丁自慢の方がいらっしゃったら「つくれますか?」なんて聞いて食べてみるのも一興ではないでしょうか。
湯引きや洗いを愛でる文化は少なくなっているかもしれません。口に入れてすぐに味わいが開くのではなく、余韻の中にかみしめるような味を、齢を重ねると味わい分けるようになります。遠い昔を思い出すような、そんな真鯒の味わいを、ぜひ感じていただきたい。
◆「身がすすいだようにきれい」な鱸
鱸の洗いも同様に夏の盛りに味わってほしいですね。「身がすすいだようにきれい」というのが鱸の語源という説もある魚です。
沿岸にいるので江戸の頃から釣り上げやすく、鰡(ボラ)と同様に親しまれていました。
しかし気をつけなきゃいけないのは、身が海の環境の影響を受けやすいところです。海の上の方にいる小魚をえさとするので、東京湾だと船の往来が激しくてオイル漏れもありそうなところが鱸のたまり場だったりします。
うちでは30年前は状態のいい常磐ものを使っていましたが、今は三重や宮城のあたりのものを使っています。泳がしたまま届く「活け」の状態で豊洲に来たもので、頭や目が小さいものを選びます。
何より、身が全体的にむっくりしていることが大切です。海を縦横無尽に泳ぐ鱸ですが、なかには身の厚い個体がいるんです。鯒も同じように肩口の肉から、尾の付け根まで太っているものがいいですね。
瀬戸内の小高い山にある風雅な家の縁側で、木々に風がそよいでいるようななか、海間をのぞくとさざ波がたち、一風の風が吹いてくる中で、冷酒を一杯かたむけながら、洗いをつまむ。なんともいい納涼となりますね。
◆鯒の頭の煮付け
どちらもお造りでおいしくいただける夏の白身ですが、焼き物にするなら鱸でしょうか。
鯒は、悪さをした咎めを神様に受けて、あんな形になったんだろうと思うような、そのぐらい不細工な形をしています。牛のしっぽの形に似ていることから「牛尾魚」と書かれることもあるそうで、上から相当な圧力をかけてつぶされたような形が特徴的です。
小骨の処理が面倒だとも言われますが、どこに入っているかが分かるとそこまで厄介な魚ではありません。
鯒の頭の煮付けなんて、身がこりっとしていておいしいんです。鯒をいい塩梅で炊きあげ、小芋や冬瓜といっしょというのもいいですね。縁側でステテコをはいて、冷酒を茶碗いっぱい飲みながら、夕涼みとして食べたくなってしまうような一品です。
◆減ってしまった鮑 実は夏が旬
鮑(アワビ)といえば皆さん、どの鮑を普段召し上がってらっしゃるでしょうか。
北海道から常磐ぐらいまで生息しているのが「エゾアワビ」。千葉ぐらいから生息しているのがクロアワビとメガイアワビですね。
過去にはマダカアワビという幻のアワビもありましたが、今は見なくなってしまいました。
お客さんから「大きい鮑ですね」と言われることがあるんですが、最近は、値段の割に納得できない鮑が増えてしまって、「小さくてすみません」という気持ちなんです。
30年前は、1kgや、700~800gのクロアワビが当たり前のようにいました。ひとつ7000~8000円ぐらい。同じぐらいのものが、今10倍の値段をしています。
「磯焼け」といって、鮑の生息地域にある「カジメ」という海藻が、温度が高くて育たなくなってしまったんです。
乱獲の影響もあるといわれていますし、鮑の生息地域が深くなったので、素潜り漁しかできないところでは獲れなくなったからとも言われますが、鮑が小さくなった一番の原因は、エサが少なくなって減ってしまったというところですね。
経済的に強い中国で、以前は干し鮑だけ食べられていたのが、生の鮑も消費されるようになったのも大きいでしょう。
◆「熨斗」に使われていた鮑
一方で鮑と日本人の生活には、実は昔から深い関わりがあるんです。
50年ほど前には、沿岸部で潜りの上手な人がいれば、結構獲れていました。ある社長さんは「子どものころはよく潜って獲っていて、サザエと鮑がおやつだった」なんて言っていました。万葉集にも登場し、江戸時代にもよく食べられていました。
今では「黄色い紙」に変わってしまいましたが、贈答品に使われていた「熨斗」は、もともとは干した鮑でした。
修業時代、出版社から親方へ「辞典の中で熨斗鮑を紹介したいので、写真に撮らせてほしい」と依頼がありました。
鮑の身を桂むきして、干したものを熨斗に使うんです。手練れの自分に「大きい鮑が来るから、桂むきしておいてな」と頼まれたんですね。
2kg近くの鮑で、厚みは10cm以上あったでしょうか。貝殻を頭の上に載せて鏡を見て「ベレー帽みたいだな」と思ったりして。
ひれのところを取ってから、ちょっとずつ桂むきして……最後に芯が小指ぐらいのサイズで残りました。ことのほか綺麗にできあがって、喜んでもらえるかな、と考えていました。「芯は食べてもいいものだろうか」と口にしたら、しみじみうまかったですね。おとがめがなくて何よりでした。
伊勢神宮では鎌のような小刀でむいていると言われていますね。
◆潮風を感じる、甘い香りの天然ものを
クロアワビやメガイアワビは、9月いっぱいで禁漁となって、7カ月間、漁をしない時期があります。
じゃあ、漁を休んでいるお正月に鮑を食べられるのはなぜか?というと、漁期の間にとったものを冷凍しているのかもしれないし、禁漁期間がないエゾアワビなんかを仕入れているのかもしれません。
近年は、韓国の養殖鮑が出回っています。こちらも味は悪くありません。ただ、食べ比べると、天然で状態がいいものは、磯の香りがしっかり出てきます。
鮑も縁起のいいイメージで、お正月にはぴったりですよね。でもやっぱり、クロアワビやメガイアワビは夏の状態のいいときに召し上がっていただきたいですね。
じゃあクロアワビとメガイアワビ、どちらがおいしいのかという話になります。
身が縮む割合が高いので、市場だとちょっとメガイの分が悪い。房総あたりで獲れたクロが1.5万円だとすると、赤のメガイは1万円といったところでしょうか。
でも火を入れたあとの味わいは、メガイの方がいいかなぁと思ったりしますね。クロは食感がしっかりしています。メガイの方がソフトですね。
旬ではない時の鮑は、エサをあまりとっていなくて、火を入れると身がどんどん縮んでしまいます。大きい鮑だなと思っても小さくなってしまう。切っても潮風を感じるような、甘い香りがしなくてつまんないんですね。
旬に食べると、迫ってくる味わいが違います。ぜひ楽しんでいただきたいですね。
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編集・水野梓
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