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9月、鰻とスッポンで夏バテを吹き飛ばす

お江戸の甘辛文化の筆頭格といえば、鰻でしょう。この夏の酷暑の疲れは、鰻とスッポンで吹き飛ばしていただきたいですね。

◆天然鰻を味わっていただく

鰻は胸のあたりが黄色みを帯びている〝胸黄(むなぎ)〟が語源ともいわれます。産卵のために海へ向かう「下り鰻」という言葉もございますけれど、うちでは天然鰻を9月10月にお出ししています。
南は熊本・天草、岡山・児島湾などで「青鰻」とも呼ばれるシャコ鰻、広島・福山の鞆の浦周辺、浜名湖、四国の四万十川、北は秋田の鰻まで使っています。

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鰻が少なくなったと言われていても、使いたい料理屋や鰻屋が使えないというほど少なくもありません。
今年去年は稚魚が豊富にとれたといいますが、3~5年後は市場にあがってくる鰻も少しは増えてくるのでしょうか。

◆東の甘辛文化と、西の食い切り料理

甘辛文化の江戸料理では、濃い口醬油と味醂の発達とともに、関東エリアでも鰻ブームが巻き起こりました。甘いはうまい、甘いはごちそう、でした。

江戸料理は煮汁が少ない料理が主流だったようで、江戸の武士たちは何かをいただくとき、前屈みになる姿勢をよしとしなかったそうですね。

きちんとしたお膳で尊い方をもてなせるように、濃く炊いたものを折り詰めで持ち帰ってもらえるように、しっかりめの味付けで、煮汁の少ない煮物が多かったといいます。

逆に関西は「食い切り料理」ですね。土産として持ち帰ってもらうよりも、その場で食べておいしいものを、汁をたっぷりめに用意することが多かったんですね。

◆エサを捕食、9月以降においしくなる天然物

鰻には、海鰻と川鰻があります。
雪解け水が標高の高いところから下りてきて、だんだんとあったかくなるには時間がかかります。5、6月に川鰻はとれるけれど、栄養がなくて硬いんですね。
6月くらいになると海鰻は安心して使えるようになりますが、川鰻はまだかな、ということもあります。

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7月から調子が上がってきて、エサを捕食していき、一般によくなるのは9月以降です。

鰻に限らず天然の魚は、鮮度のいいエサしか食べません。鰻は鮎が好きで、生きている稚鮎を琵琶湖に沈めておくと、鰻がくっついてきます。

養鰻業者ではニシンや鰯の脂をエサにまぜているので、よく太ります。
一方で天然の鰻は、生の魚をちゃんと食べているので、奥深い味がするんですね。ナチュラルテイストというんでしょうか、自然においしい味なんです。

◆天然鰻は、地焼きに限る

昔はいっぱい獲れたんでしょうね。100~120gの小さめの鰻を「いかだ」にして焼いていました。
白焼きは、お酒を振ったり焼酎を振ったりして香ばしさを立てます。そのほか鰻屋では、韮(ニラ)といっしょにくるくる巻く「ヒレ巻き」、あばら骨の硬いところをとって、そのあたりをまとめたものが「ばら身」も楽しめますね。豚バラと同じ部位なので「ばら身」と呼びます。「背方」の方をくねくねと串打ちした「からくり」もありますね。

うちでは、塩焼きと蒲焼きでお出ししています。蒸さずに炭火で焼く「地焼き」です。いわゆる関西風の調理法となります。

◆高温で骨がやわらかくなる

天然鰻は骨まわりに脂がのっていて、地焼きをしていると骨まわりの脂が伝わってじぶじぶしてくるんです。自らの脂で自身を香ばしく炙る、フライドボーン状態です。

どこかで鰻を食べたとき、骨を感じたとしたら、脂が少ないか、焼きが甘いか、だと思います。よく焼けていると小骨は気になりません。脂が少ないと、高温になって骨をやわらかくすることができないんです。

うちでは、最後にお酒を吹きかけて香ばしさを出します。味にキレが出てきます。

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蒲焼きでは、鰻の頭や骨を足して煮詰めた「たれ」を使います。ある鰻屋さんが「秘伝のたれなんてないんだよね」と言っていましたが、同感です。その日つくったたれでも十分おいしい。でも、2~3日使ってくると醬油が直線的ではなくなって、丸い味わいが期待できます。

◆硬くならずに食べる、「蒸す」調理法

昔は鰻を開かずに、丸いまま焼いて食べていました。京都の「う(鰻)鍋」屋さんでは、今も寸切りの鰻が鍋に入って出てきます。
鰻をさっと蒸すと、骨がさっととれる。それを炊いて、ゴボウやにんじん、ネギを入れています。

江戸時代に蒲焼きが広がっていきましたが、それまでは寸切りが多かったと思いますね。
関東エリアでは「蒸す」調理法が流行ったのは、武家文化の延長なんじゃないかと思います。

鰻を焼いてから出すまで、お毒味役から将軍までいくのに早くても40分はかかるでしょうか。その間に硬くなってしまう。だから蒸した料理が流行ったんじゃないでしょうか。

天然鰻しか使わない小室での地焼きは、蒸すともったいないんです。味が落ちてしまいますので。

お土産でもらって、冷たいものを食べるならいいんですけどね。脂と筋肉の繊維が、養殖と違ってしっかりしているのが天然物です。好みもあるでしょうが、蒸さない方が正解なんじゃないかな。
養殖は脂がわりとのっているので、ふわふわとろとろに焼ける。現代人の好みに合っているのかなと思います。

また小降りの天然鰻は、骨切りした上で炭火に直に乗せる「じか焼き」でもお出ししています。1000度近くある、真っ赤に燃やした備長炭にのっける。皮目のクセをとってくれるんですね。

ぬるぬるした膜もあって、皮も2枚あり、炭化するには時間がかかります。ある程度のっていても焦げくさくならないんです。

◆雑味なし、味のキレが違う天然物

養殖の鰻は1kg6000~7000円くらいでしょうか。これが昔の天然物の値段でした。いまの天然物は、安くて小さいものが1万2000円。高いものは2万円を超えてきます。

天然と養殖では、味のキレが全く違います。鱧もそうですが、ただただ旨みが強くて、雑味がないんです。

養殖鰻は半年から2年ほどで出てきますが、天然鰻は5~15年かけて成長します。それだけの時間を要して育つというのはこういうことです。

養殖の方がやわらかくて、脂肪がたくさんでもっちりしています。脂は固まらないので、ソフトな口当たりですね。最近うちでは500~600gぐらいの天然鰻を使っていますが、「満たされる味」というんですかね。

夏バテでへとへとになったなか、だんだんと夜が涼やかになってきて、クーラーのお世話になることも減ってくる。そんな夏の疲れが出てきたときに、鰻やスッポンを召し上がって、パワーをつけてほしいですね。


◆スッポンも天然物、ワイルドな味と思ったら…

スッポンも天然物を使います。南は鹿児島・川内、佐賀、徳島、琵琶湖あたりのスッポンが多いでしょうか。

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「天然物だからワイルドな味がするんでしょ?」というわけでもないんです。鰻もスッポンも、エサの味が身の味となって出てきます。
新鮮なエサを食べて育っているものと、あてがっているエサを食べているものは、根本的な味が違います。

天然物のスープの広がりを養殖ものと比べるとしたら、数倍濃いという感じ。味の強さが全然違いますね。生き餌を食べて自由に育った天然スッポンの澄んだスープは、芳醇でこくがあります。

天然のスッポンをやわらかくとろ~っとするには、養殖に比べて炊く時間を倍ぐらい長くしています。
大きすぎるスッポンは肉が硬くなるので、1.3~1.5kgぐらいが適当かなと思います。

冬眠に向けて、おいしくなってくるのが秋からです。脂が乗るのと同様に身の味わいも濃厚になり、冬により美味しく感じられると思います。

◆「凶暴だからお代はしっかり」は口上?

小室ではお椀や鍋仕立て、スッポンごはんで提供することがあります。
養殖の肉は白っぽいんですが、天然ものは黄色みがかっています。融点が低そうな脂ですね。

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スッポンと河豚(ふぐ)の歯は、断つような形をしているので、指をもっていかれないように気をつけます。
「凶暴だからお代はしっかりいただきます」というスッポン料理屋さんもありますが、慣れてしまえばさばけるようになりますし、口上として言っているんじゃないでしょうかね。ワンシーズンで70~80枚はさばきますが、100ぐらいさばけば手慣れてきますね。

ひっくり返すと、戻ろうとして首をぐーっと伸ばす。首を落として、そこに血が集まってくるのを捨てます。
※注 以前は血もお料理としてお出ししておりましたが、現在はサルモネラ菌による食中毒リスク、寄生虫リスクがあるためお出ししておりません。
包丁を入れて甲羅を外し、黒い膜をとって、内臓をつまみとります。そのあと前脚からとっていくんですね。鰻もスッポンも、生きているものでないといけません。

◆見た目からは想像つかないきれいな味

「食べたことがないから苦手意識がある」とおっしゃる方もいらっしゃいますし、ジビエ料理と同じように、スッポンにも好き嫌いがあるかもしれません。

しかし見た目からは想像もつかないような、きれいな味に変化します。近年では、コラーゲンが美容によい、と好まれることが多い食材です。

くさいスッポンを食べてしまった人は、仕込んでから時間が経ったものを召し上がったのかもしれません。小分けして冷凍したり、仕込んでから数日が経ってしまうと、クセが出てきます。

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味わいは、コラーゲンが豊富な部位エンペラや、肉から出てくる出汁です。琴線に触れるような旨みがしっかりある。「これは元気になりそうだな」というものを持っている。そこを味わってほしいですね。

◆焼きスッポンが流行したことも

焼きスッポンが流行ったときは、焼いて出していたこともありました。肉が軟らかいのでそれは養殖ものを使って、炊く時間を短くして、足があるまま焼きます。小ぶりの天然ものがあったら試してみてもいいかもしれません。

好奇心旺盛な人は、口にしたことのないものを食べたら、「こうやって食べられるの?」と驚かれます。7月に出した「ジュンサイの天ぷら」なんかもそうですね。

ちょうどいいところまで炊いてあげたスッポンを串打ちして焼くと、身離れもいいし、まるでお肉を食べているような感じです。

たんぱく質やアミノ酸、カルシウムにコラーゲン、ビタミンB群など、元気が出るものが豊富に含まれているスッポン。食らいついたら離さないスッポンの力にあやかっていただきたいですね。

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