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僕はなんでもない日と、小説が好きだった

1日、85ドルだったかで借りたレンタカーは、絵の具でペイントしたようなコバルトブルーのアメリカ車だった。走行距離は10万キロを超えていたが、潮風でボディにサビが浮いてもいなく、強く明るいブルートーンは胸が空くようだった、シートに腰掛けてアクセルペダルを軽く踏み込むと、ブオン!と鳴いた。

カーラジオをチューニングすると、ハワイ出身のロックバンド、カラパナのパラダイスが流れた。アーバンでメロウなAORだった。

「グアーム!」
女子たちが、歓声を上げた。

俺たちは、オトコ2名、オンナ2名のグループで、西大西洋のグアム島に来ていた。旅行会社の友人が手配した格安週末旅行を利用して、俺たちはミクロネシアの太陽を手に入れた。

女子たちは、旅行会社の店頭でカタログを物色していた女子大生だった。

ヨシオという友人は、その女子たちの旅行代金を経費扱いムリョー!にして、つまりナンパした。日程は、ヨシオの有給休暇を利用した。俺にしてみれば、高校時代のバスケ部以来仲の良い友だちに借りができた。

「えーと、それで、君たちは女子大生なんだ?」
「そうだよ」

そんな感じで、俺は初対面の女子たちと成田空港で会ってから4、5時間経つが、俺たちはすっかり修学旅行を楽しんでいる高校生みたいだった。

女子の2人は、都内でデザイン系学科のある短大の学生で、どちらも中流の親を持ついたってフツーの娘たちだった。カジュアルでよく笑うどこの街にもいるタイプだった。2人は、春休みを利用して沖縄旅行のプランを立てて渋谷の旅行会社に来ていたところをヨシオにナンパされたらしい。ヨシオは、店のカウンターで沖縄ツアーの説明をしてから、こっそり連絡先の電話番号にグアムの件を持ちかけたらしい。

「週末にいきなり飛んじゃうのも、ご褒美っぽくていいね!」

後部座席の花織が、心地良い海風に頬擦りするような表情で言った。

「だね!」

助手席に乗っているミオが、すかさず相槌を打った。

俺たちは、フィリピン海の水平線を眺めながら、ドライブを楽しんでいる。

「週末とかは、渋谷が多いの?」

ヨシオが、後部座席の隣の花織に尋ねる。

「まあね、夏っていいね」

「ディスコとか、行くの?」

「行くよ、ねぇねぇ、どこかビーチに降りようよ」と、花織。

俺は、ルームミラー越しにヨシオの顔を伺った。ヨシオと目が合うと、想像以上にハイテンションな花織に戸惑いながら、目配せで「行こうぜ」と合図を送ってきた。

俺たちは亜熱帯植物の林を抜け、ビーチ沿いのパーキングスペースにクルマを止めた。ビーチに降りると、エメラルドとマリンブルーの鮮やかなリーフが広がる海があった。女子たちは、ホテルで水着に着替えてあって、歓声を上げ一目散に海に駆けて行った。

「ほぉ・・・」

ヨシオは、顎がはずれたようなマヌケ面で、天真爛漫な女子たちを眺めていた。

「花織がお目当てだったんだろ?」

俺は、サングラス越しにヨシオの顔を覗き込んで尋ねた。

「そうなんだ、一目惚れした。ウンウン、ナイスバディ〜だしなぁ」

俺は、ヨシオのヨダレた顔に、思わず吹き出した。

「ミオちゃん、可愛いだろ?」

ヨシオはそう言うと、青空に向かってバスケのシュートホームをしてみせた。「ナイスシュート」

俺は、親指を立ててグッドサインをきめた。

それから、ヨシオは女子たちのためにビーチチェアーを調達したり、コパトーンのサービスまでかいがいしくやる始末だ。

「明日は、軽くサーフィンに挑戦してみる?」と、ヨシオが提案した。

「いいねぇ〜」、女子たちはVサインを突き出して喜んだ。

その夜、俺たちはハイアット・リージェントのライブホールで飲んで、食べて、踊った。宿泊したのは、他のホテルだったので、ほろ酔い気分でグアムの夜の散歩を楽しんだ。 

部屋に戻ると、早速、ヨシオは女子たちに電話を入れた。

「部屋で、すこし飲まない?冷蔵庫に飲み物冷やしてるし・・・」

電話を切ると、「イエーィ!ハイタッチ!」ヨシオは、両手を上げて喜んだ。俺も、ソファに寝そべって両手を上げた。

ほどなくすると、女子たちは免税店で買ったスナック菓子や飲みかけのトロピカルジュースを持参して、部屋を訪れた。日本の空港から、まる1日経ったくらいの時間だったが、俺たちは遊んでも遊んでも、また遊べる子どものように、グアム旅行を楽しんでいた。

女子たちは、窓際の方のダブルベッドに腰掛けて、ぐるーりと部屋の中を見渡すと、また声を上げて笑った。箸が転んでもおかしい年頃からは、まったく離れてはいないこともあるが、なんでもないことでもおかしがることに理屈もいらない。

俺たちの誰もが、ヨシオも、花織もミオも、俺も本能に抗う(あらがう)ことはできなかった。屈託のない時間に疲れとか退屈など微塵もないし、欲望のふちで思い迷うこともないだろうと、俺は思っていた。

ただ、しかし、ヨシオにとっては、一世一代の大仕事と言えるグアム旅行に違いなかった。島の免税店で買っていた化粧品や香水の金額はハンパではなかったし、何より、いつもなら自分に向かうであろうベクトルが、カンゼンに花織に向けられていた。島内ドライブやハイアットでの時間もずっとそうであったし、今もそうだ。

一方で、この「グアム旅行」は、ヨシオが仕組んだゲームみたいなものだと、俺は感じていた。ゲームメーカーは、ヨシオで、ゲームのウイナーはヨシオしかいない。人生ゲームの中の求愛ゲームのようなもので、俺や女子たちは参加者なのだ。しかし、なんて楽しいゲームなんだ!花織の顔も、幸せそうだ。

人生はゲームであってはならないと思うのは、人間の遺伝子がそうさせることもあるが、アインシュタインが「神はサイコロを振らない」と言ったから、に違いない?

すこし経つと、ヨシオが頃合いを見計らったように、花織に外を散歩しないかと持ちかけた。

花織とミオはお互いの顔を見合わせてから、どちらからともなく頷いた。花織は、飲みかけのストローをさした缶ジュースとルームキーを持つと、ヨシオの頭をもう片方の手で軽く撫でた。

「じゃあね」

誰かれともなくおたがいに声を掛け合うと、ヨシオと花織は外出して行った。

                                 つづく

たいせつなお知らせ
ひさしぶりに、noteに投稿します。
実は、前回投稿した「GOLDEN SISTERS」のストーリーですが、2023年12月ミニシアターでの劇場公演を予定しています。その企画書をブログ形式で情報を更新しながらアップしております。ぜひ、ご一読いただきたいと下記にアドレスを記してあります。

劇中歌のオリジナル音源もアップしてありますので、ぜひご視聴下さい。

marbbyentertainments.wordpress.com

よろしければ、ご協力を賜りますようよろしくお願い申し上げます。

ストーリーに関して、今回投稿した作品と関連性はありません。

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